計る病|考えることでも悩みが生まれる。それは「計る」が原因かも?

ちしょう
ちしょう

本記事は「雑阿含経巻第8-227」の内容を基に作りました。

計るやまい

お釈迦さん
お釈迦さん

「計る」

これはやまいなのです。

弟子2
弟子2

計るといっても色々な計るがあります。

計算、計量、計測、計画……。

それらが病いなのですか?

弟子1
弟子1

別に、悪いことじゃないと思いますけど……。

弟子1
弟子1

あ、でも確かに、考えすぎはよくないですよね。

例えば、何か計画を立てる時、あれやこれやといろんな可能性を考えてしまって、結局は何もできなくなってしまうこと。あるよね?

弟子2
弟子2

でも、危機管理とか大事ですよ。

確かに考えすぎたり、机上の空論はよくないと思うけど、行き当たりばったりもそれはそれで危険じゃない?

「病い=悪い」ではない。

お釈迦さん
お釈迦さん

「計る」ことは病いです。

病いは悪いとはいいません。ただ、私たちにとって、病いとは避けられない苦しみです。

弟子1
弟子1

うーん。病気を放置したら、悪化しますよね。悪くないですか?

弟子2
弟子2

病気を理解して、しっかりと対応すれば、良くなるよ?

診察(観察)して、治療するってことだね。

弟子1
弟子1

なるほど

弟子2
弟子2

それに、病気を理解することは、健康状態を維持する、つまり良い状態を維持することにもつながるんじゃない?

弟子1
弟子1

ああ、予防ってことか。

とりあえず、「病い=悪い」としてしまうのは、早計ってことだね。

弟子2
弟子2

それで、話を元に戻すけど、「計るが病い」という事は、よく考えないといけないよね。

弟子1
弟子1

計算、計量、計測、計画……。そうやって考えることは、人が生きる上では欠かせないけど、悪化しないように注意しなきゃいけないってことかな?

弟子2
弟子2

例えば、「はかりごと」って言うでしょ。

「謀り事」とも書くよね。

弟子1
弟子1

謀り事って陰謀って感じに聞こえて、私はあまりいいイメージがないね。

弟子2
弟子2

そうでしょ。でも「謀り事」って「物事が上手く運ぶように予め考えた計画」って意味みたいよ。

弟子1
弟子1

えっ? そうなの?

弟子2
弟子2

自分にとっても他者にとっても「物事が上手く運ぶように予め考えた計画」は悪いことではない。でしょ?

弟子1
弟子1

そだね。

弟子2
弟子2

でもそれが、自分にだけ「物事が上手く運ぶように予め考えた計画」となると、すごく印象悪くない?

弟子1
弟子1

なるほど。確かに。

そうなってくると、人と人との関係も、いかに自分にとってうまく運ぶか、物事を計算でしか考えないってことにもなりかねないね。

弟子2
弟子2

師匠。そういう考え方が病気ってことですか?

計る依存症

お釈迦さん
お釈迦さん

少しお茶でもどうですか?

そういえば、よいお菓子も頂きまして、ご一緒にどうぞ。

弟子1
弟子1

えっ。ありがとうございます。私甘いの好きなんですよね。

お釈迦さん
お釈迦さん

そうですか。

今、切り分けますね。

弟子2
弟子2

ありがとうございます。

それじゃあ、私はこちらをいただきますね。

弟子1
弟子1

ちょっと待って。

そっちの方が大きくない?

弟子2
弟子2

大きい方がいい?

そっちのほうが中身が詰まってるようにみえるけど。

それに私、端っこが好きなんですよね。

端っこがいい?

弟子1
弟子1

ああ、端っこ好きだったね。

私は、中身が詰まっているほうがいいかな。

お釈迦さん
お釈迦さん

喧嘩しないでくださいね(笑)

ところで、このまま喧嘩になっていたら、どうしてましたか?

弟子1
弟子1

え、そうですね。例えば、均等に分けないと不平不満が出るのなら、きっちり分けようとしますね。例えば、大きさとか?

弟子2
弟子2

それ、本当にきっちりするなら、何cmとか計らないとだめですね。

弟子1
弟子1

そうなるね(笑)

お釈迦さん
お釈迦さん

大きさだけですか?

弟子2
弟子2

そうですねぇ。中身の多さとかなら、何gか量りますね。

お釈迦さん
お釈迦さん

端っこがどうのとも言ってましたよね?

弟子1
弟子1

端っこが好きなのって、何がいいの?

弟子2
弟子2

なんでだろう。あえていうなら食感なのかな?

弟子1
弟子1

ということは、固さ? 歯ごたえがあるから?

弟子2
弟子2

固さって言われるとなんかなぁ……。

まぁ、でもそういう固さ柔らかさも計測しようとすればできるよね。

お釈迦さん
お釈迦さん

そうですね。まぁ食べ物に使うのにはあまり聞きませんけど、硬さの単位もありますね。

弟子1
弟子1

えー。

そんなこといったら、甘さ(糖度)とか、成分の内容量とか、他にもいろいろ計れることがありますよ。

弟子2
弟子2

予め、こういう喧嘩にならないように、ルール作りすることも、計画を立てるうちの一つですよね。

弟子1
弟子1

簡単に、きっちり均等に分けるとは言ったけど、厳密にいろんな角度から考えだすと、どこまでも複雑になっていって、だんだん頭が痛くなってくる……。

弟子2
弟子2

というか、そもそも1/3って「1÷3=0.33333333……..」だから、割り切れなくない?

弟子1
弟子1

そだね(笑)

弟子2
弟子2

「計る」って便利で、私たちにとって欠かせないと思うけど、確かに、頭を痛くさせることがあるね。

弟子1
弟子1

まぁ、さっきのお菓子だって、あまりこだわらなければ、ある程度均等に切り分けることができるもんね。

弟子2
弟子2

それに、「計る」って依存してしまいやすいかもね。結局はきりがない話なのに、「計る」ということだけに捉われてしまっている気がする。

弟子1
弟子1

うーん。師匠。

この「計る」ということが、病気ということは、なんとなく理解できました。

だとすれば、どうしたらいいんですか?

「計る病」には、どうしたらいい?

お釈迦さん
お釈迦さん

「わたし、或いは、わたしのもの」と計ることをなければいいと思いますよ。

弟子2
弟子2

さっきのお菓子を分けたケースでいうと、「これわたしの取り分!」とか「わたしはこっちがいい!」とか言わなければいいってことですか?

弟子1
弟子1

じゃあ、「わたしは大きい方がいい」とか「わたしは端っこが好き」とか言わずに、全部他人に譲れってことですか?

お釈迦さん
お釈迦さん

私の言葉を、ただの記号のように解釈しないでくださいね。

それこそ、計るということですよ?

弟子1
弟子1

弟子2
弟子2

んー。私たち、別に喧嘩になったわけじゃないしね。

それに、お互い相手が好きな所を譲り合えたわけだしさ。

弟子1
弟子1

「わたし」を無くして、他者に譲れということではないってこと?

弟子2
弟子2

「無我」っていう言葉があるけど、これも言葉通り受け取れないってよく話しているじゃない。

こんな話もあるよ。

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弟子1
弟子1

んー。なんていうか。長い!

弟子2
弟子2

計るってどうしてもそうなっちゃうよね。

わかりやすいようにしているようで、実際のところ、とても複雑にしてしまっているというか……。

弟子1
弟子1

まぁでも、自分を捨てて、他人に譲れってことではないということはないってことですね。

弟子2
弟子2

少なくともここで言えることは、「自分を捨てて、他人に譲れ」と考えてしまうのは、「わたし、或いは、わたしものと計っている」からではないですかね。

お釈迦さん
お釈迦さん

そのように計ることがなければ、その手の内につかんだと思っていることを手放すことができない状態も、自然となくなっていきますよ。

弟子2
弟子2

???

弟子1
弟子1

私達、今まで、計りすぎってことですか?

弟子2
弟子2

どこか間違っていましたか?

お釈迦さん
お釈迦さん

いいえ。そんなことはありませんよ。

 

それよりお菓子はどうでしたか?

お茶のおかわりはどうですか?

弟子1
弟子1

あ、ありがとうございます。

弟子2
弟子2

このお茶もおいしいですよね。

お釈迦さん
お釈迦さん

こうして、私もあなた達とこういうお話ができて、互いに切磋琢磨できて、しかも、おいしいお茶やお菓子をご一緒できたこと、うれしく思いますよ。

弟子2
弟子2

いえいえ。そんな大げさな

弟子1
弟子1

そこまで言われると照れちゃいますよ(笑)

お釈迦さん
お釈迦さん

そうですか?

場合によって、話し合いだって、どっちが正しいか間違っているかで、激しい応酬の末に、相手を罵ったり、傷つけたりすることだってあります。

お釈迦さん
お釈迦さん

お茶やお菓子ですら、どっちが得でどっちが損かで、奪い合いになることだってあるんですよ。どっちが自分ので、どっちが他人のでってね。

お釈迦さん
お釈迦さん

そうやって、争いの火種にしてしまうこともできるのですよ。

弟子1
弟子1

確かに……

弟子2
弟子2

ん?

ひょっとして、それも「計る」ってことが関わっていますか?

お釈迦さん
お釈迦さん

 ( ◜◡◝ )


補足

  • 出典:雑阿含経巻第8-227

(二二七)如是我聞。一時佛住舍衞國祇樹給孤獨園。爾時世尊告諸比丘。計者是病。計者是癰。計者是刺。如來以不計住故。離病離癰離刺。是故比丘。欲求不計住。離病離癰離刺者。彼比丘。莫計眼我我所。莫計眼相屬。莫計色眼識眼觸。眼觸因縁生受。内覺若苦若樂不苦不樂。彼亦莫計是我我所相在。耳鼻舌身意。亦復如是。比丘。如是不計者。則無所取。無所取故。無所著。無所著故自覺涅槃。我生已盡。梵行已立。所作已作。自知不受後有。佛説此經已。諸比丘。聞佛所説。歡喜奉行如眼等所説。餘一一事。亦如是
(大正No.99, 2巻55頁c段13行-25行)

SAT大正新脩大藏經テキストデータベースより

国訳一切経阿含部1巻188頁

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