無益な争論4|豪華か貧相か、多いか少ないか

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ちしょう
ちしょう

本記事は「雑阿含経巻第16-415」の内容を基に作りました。

そのような話はよしなさい

弟子A
弟子A

今日のご飯、何だった?

弟子B
弟子B

私は今日お肉は入ってたよ。

弟子A
弟子A

マジかよ。いいなぁ。私の場合、托鉢で頂くものは、いつも決まったもんばかりなんだよ。

弟子B
弟子B

そうなの?

弟子A
弟子A

そうそう。こう言っては何だけど、実に質素な食べ物ばかりで……。○○とか、○○とか、だよ。

弟子B
弟子B

私は結構、色々なもの頂くよ。昨日施して頂いたものなんて、実に豪華だったよ。○○でしょ。それに○○も。

弟子A
弟子A

……ちょっと。同じ僧侶なのに、あなただけ、ずるくない? 今度私にも頂戴よ。

弟子B
弟子B

いやだよ。それにずるいことないでしょうよ。

あなたが頂く施しも私が頂く施しも、施しにはかわりないでしょうよ。

弟子A
弟子A

これって絶対、平等じゃないよ。少しぐらいこっちにくれてもいいじゃない!

弟子B
弟子B

私が頂いたものなんだから、絶対にあげないよ。あなたが直接もらえばいいじゃないか。

お釈迦さん
お釈迦さん

あなた達、一体何の話をしているのですか?

弟子A
弟子A

あ、お釈迦さんししょう。ええっと……。「今日、何食べたか」って話ですよ。

弟子B
弟子B

そうです。「どのような施しを受けているか」という話です。

お釈迦さん
お釈迦さん

あなた達、そのような話はよしなさい。

それは仏法を理解する上で、何の利益ももたらしません。

弟子B
弟子B

でも、「施し」のですから、布施行にも関連するでしょう。

弟子A
弟子A

そうですよ。利益になる話です。

お釈迦さん
お釈迦さん

それは方向性が違います。

ですよね?

弟子A
弟子A

はい……

弟子B
弟子B

申し訳ございませんでした。

お釈迦さんは退席しました。
弟子A
弟子A

って、またこのパターンかよ

弟子B
弟子B

一体いくつあるんだ!?

ちしょう
ちしょう

経典には、まだまだ、たくさんありますよ

弟子B
弟子B

マジか……

ちしょう
ちしょう

「仏教トーク」は会話形式なので、毎回毎回、文章(コメント)は違いますが、実際の原文では、同じ形式の文章が続いて、いくつかの単語だけが違うって場合があります。

弟子2
弟子2

きっと編集する上で、同じような話(今回は「論点がずれてるよ!」という話)が集められたんだろうね。

弟子1
弟子1

でも、きっと、こういう話は、違う場面シーン(違う人、違う時間、違う場所)でされていた話なんだろうね。

弟子A
弟子A

私ら二人だけに限った話じゃないってことか。

弟子1
弟子1

うーん。というか、論点がずれてしまうことなんて、誰でも起こり得るよね。

弟子2
弟子2

そうそう。他人事じゃなくて、自分事なんだよね。

弟子B
弟子B

昔でさえ、仏教の話と思ってしていた話が「そうじゃない」ってことがあったんだよね。

 

なら今、ここでこうしている自分も、仏教の話と思いこんでいるものが「それはそういう話じゃないんだ!」って事あるかもしれないね。

弟子2
弟子2

ここで、こうして仏教の話につながったのは、同じ(と思い込んでいる)話でも、その話、その話、その時、その時で、向き合ってきたから、とも言えるんじゃないかな。

弟子A
弟子A

ふむ。じゃぁ、同じ仏教語(仏教の言葉)でも、全然中身が違う話になっていることってあるのかな?

弟子1
弟子1

「業」っていう言葉は、昔からよく誤解されていたみたいだね。

弟子2
弟子2

誤解というか、もともと、「業」っていう言葉は、仏教以前にも使われていて、お釈迦さんがまた違う意味を込めて<業>っていう言葉を使ったみたいよ。

ちしょう
ちしょう

ちょうど、この手の話で「業」を扱っている話がありますね。

他にもたくさん同じパターンの話はありますが、一応、次で最後にしますね。


補足情報

  • 出典:雑阿含経巻第16-415

(四一五)如是我聞。一時佛住王舍城迦蘭陀竹園。時有衆多比丘。集於食堂。作如是説論。某甲檀越。作麁疎食。我等食已。無味無力。我等不如捨彼麁食而行乞食。所以者何。比丘乞食時得好食。又見好色。時聞好聲。多人所識。亦得衣被臥具醫藥。爾時世尊。於禪定中。以天耳聞諸比丘論説之聲。即詣食堂。如是廣説。乃至正向涅槃。佛説此經已。諸比丘聞佛所説。歡喜奉行
(大正No.99, 2巻110頁b段5行-14行)

SAT大正新脩大藏經テキストデータベースより

国訳一切経阿含部2巻32頁

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