体験談

法の種

あらゆるものはそれを教えてくれる先生である。

アメリカ禅センターいた時の事だ。一緒に禅センターで過ごしている方と仏教の話をしていた。一通り仏教の話が終わった後、その方からこう問われた。「who is your teacher?(あなたの師事してい...
禅僧ちしょうの棚

読経・木魚についての雑学|経典を自作して学んだ事

読経はなぜ声を合わせて読むのか。木魚はなぜ魚の形なのか。お経の暗唱から始まった読経の歴史と、経典を自作したことで見えてきたお経の伝播の奥深さをたどります。
禅僧ちしょうの棚

エジプト一人旅での出来事

「身と心は分けられるものではない」——禅の言葉「身心一如」を、頭で理解するのではなく、この身で感じた体験があります。エジプト一人旅で言葉も通じず、文字も読めず、追い詰められた夜。その時に受けた見知らぬ人の親切が、禅僧が身心一如を考えるヒントの一つとなっています。
法の種

変わりゆく代えられない過去:ステータスと仏教

これは、アメリカの禅センターでの事です。私はその人とゲームの話をしました。ゲームの話といっても、単なる趣味の話というだけではありません。私自身の過去の話です。
法の種

「神様はいる?いない?」その時私が応えた事

「神様はいるか、いないか」——イギリス留学中、クリスチャンたちの議論に意見を求められました。私の答えは「分からない」。しかしそれは思考の放棄ではありません。仏教の「無記」に通じる、分けられないことの意味をたどります。
法の種

【修道女(シスター)との会話】私達は同じ山を登っている

宗教が違えど、頂上は一つ——イギリス留学中に修道女と交わした会話が、いまも禅僧の心に残り続けるのはなぜか。入口の違いと、登るほどに道が重なっていく話を書きました。
法の種

どんな水にも月は宿る:仏教を理解する

「私みたいな人間に仏教は無理だ」——そう言い放った人がいました。しかし、月は大海にだけ映るのではありません。水たまりにも、コップの水にも、月は宿ります。禅僧がある出会いから書いたエッセイです。
法の種

【庵主さんとの問答】知識は消化することを忘れてはいけない

庵主さんとの問答から学んだこと。禅問答というと少し仰々しいイメージがあるかもしれません。しかし私は、もっと普通の会話から生まれる問いや答えも、問答と言えるのではないかと考えています。
法の種

スフィンクスが見ているものとは?——実際に行ってわかった意外な景色

スフィンクスの視線の先に広がるのは砂漠ではありませんでした。2008年、一人でエジプトを訪れた際に感じた「情報と実体験の違い」をたどります。
法の種

【合掌とは何?】 合掌が教えてくれる事

合掌はなぜ両手を合わせるのか。形の背景にある歴史と、イギリスでクリスチャンと語り合った中で生まれた「人」という字のイメージ。禅僧が合掌の形と意味をたどります。
法の種

素人とプロの違いって何だろう?

植木屋、大工、職人、農家——プロと呼ばれる人たちに共通するのは、自分の都合だけでなく「その物の都合」を考えることです。素人は物を都合よく扱おうとし、プロは物から教えてもらおうとする。荒村寺の禅僧が日常の観察から綴る随想です。
法の種

陽光寺禅マウンテンセンター

レジデンスとして滞在するにあたって、まず押さえておかなければならない事。それはスケジュールです。まずは制中(せいちゅう)と解間(げあい)について述べさせていただきましょう。
法の種

アメリカの禅の学び舎、禅センター

ロサンゼルスから車で8時間。山を奥へ奥へ。そしてやっと禅センターが見えてきました。
法の種

声:きれいって何だろう?

「和尚さんの声は本当にきれいでいい声ですね。私の声なんて、こんなかすれた声で……」先日、この言葉に対して、私は思わずこう言った。「何を言っているんですか」と。私が思わず、そういってしまったのには理由が...
法の種

エジプトの交通ルール

カイロでは車線も信号も誰も守っていませんでした。自由に走れるはずが、交差点は渋滞だらけ。自由に囚われると不自由になる——エジプトの体験から「自由」の意味を考えます。
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