大丈夫とは?|普段から使っている仏教用語、古い経典にも載っています。

ちしょう
ちしょう

本記事は「雑阿含経巻第22-614」の内容を基に作りました。

大丈夫

弟子1
弟子1

師匠、「大丈夫」ってどういう意味ですか?

弟子2
弟子2

何が大丈夫であり、何が大丈夫ではないのですか?

お釈迦さん
お釈迦さん

いいですね! よくぞ「大丈夫」の意味を聞いてくれました。

弟子1
弟子1

それほどでもないですよ(〃▽〃)

お釈迦さん
お釈迦さん

早速答えましょう。よく聞いてください。

お釈迦さん
お釈迦さん

大丈夫とは、まず「身」をよく観察し、考察し、知ることです。

弟子1
弟子1

「身」ですか?

つまり自身のこの身体の事をよく観察しろということですかね。

弟子2
弟子2

自身の行動や行為なんかも含まれるのでは?

弟子1
弟子1

ああ、「身につく」とか「身になる」とかいう言葉から連想するとそうなるね。

弟子2
弟子2

師匠、それが「大丈夫」ということですか?

お釈迦さん
お釈迦さん

いいえ。それだけではありません。

「心」もまたよく観察し、考察し、知ることも大事です。

弟子2
弟子2

「心」もですか。身心共によく観察しろということかな。

弟子1
弟子1

感じたり、思ったり、想像したりすること。

こういうのを「心」というのかな。

弟子2
弟子2

身は何らかの形・姿があるもの。

心は形・姿がないもの。

 

そういう認識でいいのでしょうか。

弟子1
弟子1

だったら欲や怒り、恐れや不安、それらも心ということだね。

お釈迦さん
お釈迦さん

はい。

身心をよく観察し、考察し、知ることを大事にしてください。

お釈迦さん
お釈迦さん

例えば、欲を離れず、恐れや不安等といったものが、一本一本絡まっていって解けなくなる。そういった絡まりから抜け出せなくなっている。

 

そういう状態が大丈夫だと思いますか?

 

弟子2
弟子2

思いませんね。

お釈迦さん
お釈迦さん

そうです。大丈夫ではないですよね。

弟子2
弟子2

身心をよく観察せず、考察せず、知らないと大丈夫ではなくなってしまうということですか?

お釈迦さん
お釈迦さん

人は知らないからこそ恐れ、不安になります。そして必死に不安や恐れを振り払おうとして闇雲な怒りを生み出します。

お釈迦さん
お釈迦さん

その怒りは、不安に勝ちたいと欲望を生み、自分は強いのだと言い聞かせる、謂わば執着を生み出します。

お釈迦さん
お釈迦さん

そして無理やりに生み出した強さに執着しているので、それを失うことを恐れるのです。

弟子2
弟子2

知らないということから色んな悪循環が起こるのですね。

お釈迦さん
お釈迦さん

だからこそ、身心をよく観察し、考察し、知ることが大事なのです。

弟子1
弟子1

なるほど。だから知ることが大事なのですね。

お釈迦さん
お釈迦さん

そして欲と距離を置く。恐れや不安等、そういったものの絡まりが一本一本解けていく。そういう状態は大丈夫だと思いますか?

弟子2
弟子2

もちろん大丈夫だと思います。

お釈迦さん
お釈迦さん

そうです。これが「大丈夫」ということですよ。

弟子2
弟子2

なるほど。ありがとうございました。

補足情報

  • 出典:雑阿含経巻第22-614

(六一四)如是我聞。一時佛住舍衞國祇樹給孤獨園。時有異比丘來詣佛所。稽首佛足退坐一面。白佛言。世尊。如所説大丈夫云何名大丈夫非大丈夫。佛告比丘。善哉善哉比丘能問。如來大丈夫義。諦聽善思。當爲汝説。若比丘。身身觀念住。彼身身觀念住已。心不離欲。不得解脱。盡諸有漏。我説彼非爲大丈夫。所以者何。心不解脱故。若比丘。受心法法觀念住。心不離欲。不得解脱。盡諸有漏。我不説彼爲大丈夫。所以者何。心不解脱故。若比丘身身觀念住。心得離欲。心得解脱。盡諸有漏。我説彼爲大丈夫也。所以者何。心解脱故。若受心法法觀念住。受心法法觀念住已。心離貪欲。心得解脱。盡諸有漏。我説彼爲大丈夫也。所以者何。心解脱故。是名比丘大丈夫及非大丈夫。佛説此經已。諸比丘聞佛所説。歡喜隨喜。禮足而去
(大正No.99, 2巻172頁a段8行-25行)

SAT大正新脩大藏經テキストデータベースより

  • 国訳一切経阿含部2巻172頁

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