
本記事は「雑阿含経巻第38-1067」の内容をもとに作りました。
弟子ナンダは、お釈迦さまのいとこであり、王族の家に生まれたこともあって、身なりにはとても気を使う人物でした。豪華な服を好み、周囲の注目を集めることも少なくありません。
雑阿含経巻に記されたこの物語では、ナンダの服装や身分に対するこだわりが描かれ、弟子たちやお釈迦さまとのやり取りを通して、その在り方について考えるきっかけが示されています。
ナンダの出自と服装の豪華さ

ナンダさんって、お釈迦さんのいとこなんだよね?

そうだね。

じゃあ、ナンダさんも王族出身ってことだよね?

そうだね。服装一つ見てもよくわかるじゃないか。

服装? なんで?

私は、先日、ナンダさんと直接会ったのだけど、なんというか……、かなり豪華な服を着ていたから。

へぇ~。

皆さん。こんにちは。

こんにちは。ナンダさん。

(本当だ!)かなりオシャレな恰好していますね。
ナンダ本人の説明

おや、わかりますか? いいでしょう。これ。

その衣、生地がツヤツヤですね。

そうなんですよ。ツヤを出すために、職人が裏返してたたいて、ツヤを出しているんですよ。

この縫い目も、細部まできちんと染めてあるでしょう? 職人が手作業で丁寧につくってくれた一品です。

そうなんですか……。

ファッションのことあまりわからないのですが、聞いた感じ、すごい一品だということは伝わってきます。

君はあまりファッションというものがわかっていないようですね。センスが良い物をそろえていると、やはり目を惹きますから。周りの反応も違いますし。

品位のある服を選んで笑顔で接すると、皆さん、喜んでくださいます。結果として、寄付の量も増えています。おいしい食べ物も頂けますよ。

えーっと……

それは我々にとっても良いことでしょう?

どうなのでしょうか……。
周囲の反応と疑問
別の日、ナンダさんと話して弟子達は、ナンダさんの発言について、お釈迦さんに意見を求めました。

……と、いう事がありまして。

私はナンダさんの言っている事が、師匠の教えに沿っているのかどうか、気になったのです。

ふむ……。すみませんが、ナンダさんを私の所へ連れてきてもらってもいいでしょうか?

かしこまりました。
呼び出しに応じて、ナンダさんは、お釈迦さんの所へやってきました。

ナンダさん、あなたは豪華な服を着て、オシャレにも敏感だと聞きました。

はい。おっしゃる通り、私は服装には気を使っております。

聴衆が喜ぶ服をあえて選び、好んで流行の服を選び、彼らに笑顔を振りまいている。そう聞きましたが……。

はい。その方が、支援や寄付も増えますし、我々にとって良い事でしょう。

私達は、もう王族の時とは違うのです。着飾ることで権力や地位を誇示する必要はありません。

しかし、我々は釈迦族の生まれ。王族の品位を貶めるような事があってはならないでしょう。

我々は、もう家を出て、身分は関係ないのですよ。

たとえそうだったとして、衣服によって品位を示すのは有効な手段です。それに私はあなたのいとこ、つまり仏陀のいとこなのですから。それこそ品位は必要でしょう。その品位を示すのが服装なのだと思います。

あなたが私のいとこであることは事実です。そしてまた、家を出て身分を捨てたのも事実です。地位も名誉も何も持たない所から、自己を見つめてください。

自己を見つめる? 具体的にどうすればいいのですか?

その為にもまず、乞食し、糞掃衣をつけてください。

こつじき? ふんぞうえ?

貧富の差に関係なく、家々を訪ねなさい。そしてこの器の中に食事を頂きなさい。それが乞食です。

この器の分だけですか? 今までの私ならもっと寄付をもらえましたよ。もっと良い食事も頂けました。それに貧しい家に行っても、彼らはほとんど物を持っていないのですから、そんなに量はもらえませんよ。

もっとお金や地位がある所に行った方がいいですよ。地位や財産がある人は、服装にもこだわっている方が多いです。だからこそ、私も品位のある服を選んでいるのですよ。

なりません。貧富の差に関係なく、同じように家々をまわりなさい。地位や財産は関係ありません。その真意がわかっていないからこそ、あなたは糞掃衣を身に着けるべきなのです。

その糞掃衣とは何ですか?

他の人が不要となって捨てた生地から、使える部分だけを切り取って、自分の身体を覆えるぐらいの一枚の布を作りなさい。それが糞掃衣です。

師がそういうのであれば……、私はその通りに致します。
この出来事を機に、ナンダさんは、品位や品格、流行を意識することもなくなり、彼の行動は変わっていきました。自らの欲望を顧みる良いきっかけとなったようでした。
後にお釈迦さんは、この話を振り返って、こんな詩をよみました。

どうすれば見ることができようか。ナンダが苦行を楽しむことを。そうだ、私は見ていられなかった。
今、ナンダは、深く静かな林のように、落ち着き坐り、乞食を行う。
山林閑かに、心静めて思慮するように、ナンダは欲を捨て、落ち着きの中に坐っている。
補足
原文
- 雑阿含経巻第38-1067
(一〇六七)如是我聞。一時佛住舍衞國祇樹給孤獨園。爾時尊者難陀。是佛姨母子。好著好衣染色。擣治光澤執持好鉢。好作嬉戲調笑而行。時有衆多比丘。來詣佛所。稽首佛足退坐一面。白佛言。世尊。尊者難陀是佛姨母子。好著好衣。擣治光澤執持好鉢。好作嬉戲調笑而行。爾時世尊告一比丘。汝往詣難陀比丘所語言。難陀大師語汝。時彼比丘受世尊教。往語難陀言。世尊語汝。難陀聞已即詣佛所。稽首佛足退住一面。佛告難陀。汝實好著好衣。擣治光澤。好作嬉戲調笑而行不。難陀白佛。實爾世尊。佛告難陀。汝佛姨母子。貴姓出家。不應著好衣服擣令光澤執持好鉢好作嬉戲調笑而行。汝應作是念。我是佛姨母子。貴姓出家。應作阿練若乞食。著糞掃衣。常應讃歎著糞掃衣。常處山澤不顧五欲。爾時難陀受佛教已。修阿蘭若行乞食。著糞掃衣。亦常讃歎著糞掃衣者。樂處山澤不顧愛欲。爾時世尊即説偈言 難陀何見汝 修習阿蘭若 家家行乞食 身著糞掃衣 樂處於山澤 不顧於五欲佛説此經已。尊者難陀聞佛所説。歡喜奉行
(T0099_.02.0277a10-b05)
- 国訳一切経阿含部3巻74頁


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