慈然智彰

仏教トーク

善き知識・善き友達

善き友がいるということは、修行の半ばではなく、その全て——。雑阿含経をもとに、お釈迦さんとアーナンダの対話をチャット形式で読む。善知識とは何かを問い直す一篇。
仏教トーク

修行の心得:お釈迦さんと弟子たちの対話から学ぶ身と心の調え

七覚支を通して学ぶ修行の心得。「煩悩を滅しなさい」「修行しなさい」――同じ言葉でも、心や身体、行いのあり方によって意味は変わります。お釈迦さんと弟子たちの対話から、心と身体の調えるヒントを見ていきましょう。
仏教トーク

心に育つ樹|欲望に覆われないためのニグローダのたとえ

街での托鉢での出来事から学ぶ、修行者の心と欲望のあり方。ニグローダの樹の比喩で、心の成長と節度の大切さを仏教的に解説します。
仏教トーク

なぜ同じ師が、人によって教え方を変えるのか——乳母のたとえ

「私にばかり小言を言う」——弟子の不満にお釈迦さんが語ったのは、乳母と赤ん坊のたとえでした。手をかけること、手放すこと。その先に何があるのか。
仏教トーク

罠にかかった猿のたとえ

片手が罠にかかると、外そうとしたもう片方の手も捕まってしまう。お釈迦さんはこの猿のたとえで、縄もないのに自らを縛る「無縄自縛」の状態を語ります。雑阿含経のたとえ話を会話形式で。
法の種

時計の世界

時計は動く。この動いている世界の時をつげる為に。時計が時計として動くには、歯車やネジや軸といった他にもたくさんの部品パーツが欠かせない。単純に歯車やネジといってもひとつではなく、それぞれに役割がある。...
法の種

無明と愚癡について

無明と愚癡について「無明むみょう」「愚癡ぐち」は仏教の煩悩のうちの一つ。今回の仏教トークを編集する上で無明と愚癡の細かいニュアンスについて気になったので、少し調べてみた。基本的に、この無明と愚癡は、仏...
仏教トーク

棒の上で自分を護ることは、相手を護ることでもある――曲芸師のたとえ話

師匠の肩の上で棒のてっぺんに乗る曲芸。自分を護ることに必死だった弟子に、師匠はこう言います。「それで良い」と。雑阿含経のたとえ話から、護るということの意味をたどります。
法の種

仏教と心の分野

※この記事は、上記の仏教トークのあとがきとして書きました。私達の頭、いや心といえばいいのでしょうか。内面で日々色々な事を考えて生きています。一言で考えるといっても、この内面の働きは分けようと思えば、様...
法の種

あらゆるものはそれを教えてくれる先生である。

アメリカ禅センターいた時の事だ。一緒に禅センターで過ごしている方と仏教の話をしていた。一通り仏教の話が終わった後、その方からこう問われた。「who is your teacher?(あなたの師事してい...
法の種

○○第一という異名について

弟子の○○第一という異名について
仏教トーク

修行者は自己を調理する善き料理人

自分を変えようとするとき、あなたは「外」と「内」のどちらを見ていますか?雑阿含経に残る善き料理人のたとえ話を通して、お釈迦さんが修行者に語りかけます。お釈迦さんと弟子の対話形式でたどります。
法の種

漏尽について

漏尽という仏教用語について
法の種

あらゆるものはそれを教えてくれる先生である。|仏教用語諸法実相

「諸法実相」は辞書を引いても腑に落ちない言葉の一つ。文字を分解し、チューラパンタカの話と重ねながら、禅僧がこの言葉と向き合ってきた道筋をたどります。
法の種

仏教の基礎「四諦」の教えについて

仏教の基礎の教え「四諦」は、火や風などのたとえから考えるととてもイメージしやすいです。お経の中でも、よくたとえ話がされているので、それら別々のたとえ話あわせて考えると、また理解が膨らみます。
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