仏教において「苦」や「楽」について考える機会は多い。
仏教学を学ぶと「一切行苦」など四法印を学ぶ際に必ず「苦」について触れることになる。一切行苦とは「全ては苦である」という意味だ。
しかし私自身は「全ては苦である」という言葉に納得がいかなかった。なぜなら「楽」はあるからだ。全てが苦であるのなら、楽はないということだろう。
しかし、そもそもその考え方が間違っている。苦があるのなら、楽はあるのだ。楽があるのなら、苦があるのだ。苦楽は考える上で分けられないのだ。
この記事では「苦」「楽」についての思う所をまとめてみた。
一切行苦の違和感
一切行苦とは「一切(全て)が苦である」という意味である。私はこれを最初に聞いた時、納得がいかなかった。
この世の全てが苦である。つまり楽というのは、まやかしか何かで、実際には楽は無い。全ては苦である。このような意味になってしまう。
このような理解は、厭世主義にも聞こえてしまう。
更にこの一切行苦とは、四法印と呼ばれるものの一つである。
- 諸行無常
- 諸法無我
- 一切行苦
- 涅槃寂静
四法印とは「四つの法の印」、つまりこれが法であるという「仏教の特徴」を指し示す言葉として用いられる。
仏教がどういったものなのか把握するためにも、大変わかりやすく体系化されたものである。そのため私自身も仏教学を学ぶ際に基礎として教えられたものだ。
「仏教は全ては苦である」と考える。これが仏教だと教えられた私は、そのような考え方に疑問を感じた。
だって「楽」はあるではないかと。
そう考えるのは、私にはゲーム依存の経験があるからだ。
ゲーム依存の経験について
ゲーム依存の経験について話した時、こう言われたことがあります。
「遊んでいたんでしょう?」
「自分が好きでやってたんでしょう?」
「若気の至りってやつじゃない? 楽しんでたんでしょう?」
そんな言葉に私はこう言います。
「まぁ、そうかもしれませんね」
そう笑顔で返せるくらいには、自分の中で消化しているつもりですが、内心穏やかであるとはとても言えません。
自由奔放に遊んでいた。
何も考えずに楽しんでいた。
働きもせずに自分の好きなことができていた。
うらやましいことじゃないか。
そんなのもふうに考えてしまうのも、理解できないわけではありません。私自身もゲームが好きだから、楽しいはずだと思っていました。
しかし実際に経験してみると、そんなことはありません。何でもやりすぎは禁物です。
まず将来の不安に押しつぶされます。働かず収入もなく、このままゲームしている生活なんて維持できるわけがない。頭では分かっているのです。
そして劣等感に苛まれます。周りと比べて如何に自分がダメな人間か……。
早く何とかしなければ……でもやめられない。そうこうしている間に、世の中に置いて行かれそうな気持ちが襲ってきます。
心と身体のバランスもおかしくなってきて、眠れないこともしばしば。ついには昼夜逆転の生活をしていました。
自分が壊れていくような感覚がありました。こういうのは自律神経の乱れというか、崩壊というのでしょうか。
焦燥感と劣等感、不安。生活が崩れ、身体の不調。心が身体に、身体が心に悪影響を与えあう悪循環が生まれていました。
いくら好きで楽しい事といっても、その「楽」が「苦」になることだってあるのだと、私はこの時身をもって知りました。
そもそも、私がこの時ゲームを始めたのも、ままならない現実の苦しみを少しでも誤魔化したかったからでした。
慣れない一人暮らしに加え、大学生活で少し孤立していた私にとって、ネットゲームは数少ない居場所でした。
でも楽しい事に逃げても、目の前の苦しみは増していくばかり。
今だから思うのですが、子供の頃のようにただ純粋に楽しんでいたのではなく、目の前のままならない現実から目をそらす為に、楽しいを利用していたのかもしれません。
別に逃げることは悪い事ではありません。ただ私はその楽しさだけを得ようとして、現実の苦しみに向き合うことを放棄していました。
最近では自分がゲーム依存になって、ほぼ引きこもりの生活をしていたという事を口にしても、ほとんど平気になりました。
でもやっぱり人間、他の人には知られたくない事があるもの。私も自分の全てをさらけ出しいるわけではありません。
ただ過去の自分を否定しても、やはり苦しいものです。だからその苦しさを自分の糧や力に変えていくために、こうして言葉にしています。
苦しみは単に苦しいだけでありません。自分の糧になって、今ある楽しさを気づかせてくれる力になっています。
今の自分があるのは、過去の様々な出来事がつながっているからです。良いことも、悪いことも、全部つながって今の自分があります。
ゲーム依存からの苦悩と奮闘、過去と現在の結びつきを語る|ちしょう(智彰)@禅僧ゲーム依存の経験について話した時、こう言われたことがあります。 「遊んでいたんでしょう?」 「自分が好きでやってたんでしょう?」 「若気の至りってやつじゃない? 楽しんでたんでしょう?」 「まぁ、そう...
私は楽と感じていたものによって苦しめられた。そういう意味では、全ては苦であると言えるかもしれない。
しかし、苦しんだ経験によって、また楽にも気づいたのだ。決して楽がないとは言えないのである。
苦に向き合う時には楽に気づき、楽に向き合う時には苦に気づく。決して楽だけを手に入れることができないことを知り、そして決して苦だけを手に入れることができないことを知った。
苦楽は共にある。
四法印についての補足
調べてみると、この四法印自体は決してお釈迦さんが教えとして述べたわけではないと知った。
あくまでもお釈迦さんが亡くなった後に、後世の人達が仏教の特徴を整理し体系化したものである。
例えば中国では、この法印をもとに経典の真偽が判定された。経典の内容がこの法印に合致すればそれは仏の真説、合致しない場合は偽説と判定したとされている。
ちなみに三法印もあり、ここには一切行苦がない。
- 諸行無常
- 諸法無我
- 涅槃寂静
こういう所からも、ひょっとすると昔から色んな見解があったのではないかと推測される。
「楽がない」という解釈ではない。
たとえ、一切行苦が「全てが苦である」という意味であったとしても、それ即ち「全ては楽は無い」という解釈は違う。
たとえば、こちらは「受」について語っているお釈迦さんの話。
五蘊の説明で語っている場合、苦と楽について語っている。
このような話があることからも「楽がない」という解釈ではないことが伺える。
ちなみに古いお経はもともと、お釈迦さんの教えを残そうと弟子がのこしたお釈迦さんと弟子たちの会話集である。詳細下記
お経の成立
お経の成立は今から約2500年前。
お釈迦さんの滅後すぐに、約500人の僧侶が集まり、結集(けつじゅう)と呼ばれる経典の編集会議が行われました。
この時、十大弟子の一人であるマハーカッサパさんを議長とし、お釈迦さんの身の回りのお世話をしていたアーナンダさんが、最もお釈迦さんの話を多く聞いていたということで、経典の編集主任を担当しました。
しかし古代インドでは、まだ文字は常用されていません。そのため、その編集方法は現代とは大きく異なります。
まず、議長のマハーカッサパの質問に対し、アーナンダが「わたしはこのように聞いた(如是我聞)」と答えます。それはお釈迦さんの説法の内容や、その場の状況・経緯などを細かに答えたものでした。
集まった僧侶はそれが本当に正しいかどうか、お互いの記憶を確認しながら検討しました。合議の上それが認められると、全員で声をそろえて誦(とな)え、暗記しました。
こうしてまるで「糸」を紡ぐかのように、お釈迦さんに纏(まつ)わるエピソードが紡ぎだされ、「経」として纏(まと)められました。
その後、お経は約数百年間、文字を使わず口頭だけによる記憶暗唱で受け継がれていきました。
以上のことから解るように、お経とは元来、弟子達がお釈迦さんから聞いた話を集めたものなのです。
コメント