仏教用語

広告
仏教トーク

修行者は自己を調理する善き料理人

本記事は「雑阿含経巻第24-616」の内容を基に作りました。自己を調理(ととの)える。自分を大切にするってことは、なにも自分だけを大切にすることってことだけじゃない。自己を調えることで、他者から大事にされるようになる。
動画仏教トーク

【動画】卵とヒナのたとえ&木こりのたとえ|漏尽について

漏尽という仏教用語について
法の種

あらゆるものはそれを教えてくれる先生である。|仏教用語諸法実相

仏教を勉強している中で、なーんとなくですが、気になる言葉というものがでてきます。 「諸法実相」という仏教の言葉、これも私にとって、初見からなんとなく気になる言葉の一つでした。 あらゆるものが先生 私は...
仏教トーク

大丈夫とは?|普段から使っている仏教用語、古い経典にも載っています。

「雑阿含経巻第22-614」の内容が基になっています。「大丈夫!」と普段何気なく使っている言葉は仏教由来の言葉です。自己の身心をよく観察し、考察し、よく知る。これが「大丈夫」という意味です。
仏教学

「いただきます」「ごちそうさま」に込める意味「五観の偈」

「いただきます」「ごちそうさま」そして手を合わせる。食事時の挨拶ですが、皆さんは、どんな意味を込めていますか? 私が、真っ先に思い起こすのは「五観の偈」の一番目の言葉です。
仏教トーク

第二の矢のたとえ|仏弟子と凡夫(仏弟子でない人)の違い

「出典:雑阿含経巻第17-470」仏教用語「五蘊(色・受・想・行・識)」の中の「受」ついて、お釈迦さんの解説が、このお経の中に載っています。第二の矢のたとえ話を用いて語られる「受」のお話です。
仏教トーク

風のたとえ|仏教の基礎「四諦」の教えについて

「出典:雑阿含経巻第17-471」仏教の基礎の教え「四諦」は、火や風などのたとえから考えるととてもイメージしやすいです。お経の中でも、よくたとえ話がされているので、それら別々のたとえ話あわせて考えると、また理解が膨らみます。
仏教トーク

前世の「業」の話はやめなさい|仏教でいう<業>とは?

「出典:雑阿含経巻第16-414」「業」という言葉は、よく勘違いされやすい仏教用語の一つです。普段何気なく知っているつもりでいる業は、果たして仏教で使われていた「業」の意味なのでしょうか? 実は前世などを語る風習の業と仏教の「業」の意味は違います。
仏教トーク

良い医者のたとえ|「四諦」という教えについて

「出典:雑阿含経巻第15-389」仏教の基礎の教えの内の一つ「四諦」。この四諦のたとえ話である「良医のたとえ」は知る人ぞ知るお話です。
仏教トーク

煩悩について|草木のたとえ

「出典:雑阿含経巻第12-283」お経の中にあるよる仏教用語の解説。「煩悩」についてお釈迦さんが草木のたとえを用いて説いています。
仏教トーク

正しい事実の使い方|無常という教えは絶対の真実なのだろうか?

「出典:雑阿含経巻第2-35」阿含経というお経の中で語られる無常という仏教用語の解説。「無常(あらゆるものは変化している)という教えは絶対の真実だ」と断言してしまうことは、本当に正しいことなのだろうか? アヌルッダさん、ナンダさん、さん達の「無常」に関する議論。
仏教トーク

「正見(正しく見る)」とは?|お経に載っている仏教用語解説

「出典:雑阿含経巻第12-301」お釈迦さんがいう「正見(しょうけん)」とは、どういうことなのでしょうか? 例えば「有」「無」。とりあえず、この二つの分け方から考えてみましょう。お釈迦さんとカッチャーヤナゴッタさんとの対話から
仏教トーク

無明とは?|サーリプッタの解説

「出典:雑阿含経巻第9-251」仏教の言葉「無明」は、阿含経の中でどのように説かれているか。知るとは何? 無知とは何? 明らかでない、知らないとも理解されるこの言葉について、お経のサーリプッタさんの言葉と共に考えます。
仏教学

煩悩とは何ですか?

煩悩という言葉は、仏教用語の中では、世間一般に広く認知されている言葉ですが、仏教の経典には、煩悩を表す言葉のレパートリーが数多くあります。この記事では、境界線が曖昧ながらも、様々な角度から表現されている煩悩というものに注目しました。
仏教学

経典上の樹木は実在しますか?「キンスカ、シリサ、ニグローダ、菩提樹」

経典上には登場する樹木。実在する木なのだろうか、どのような樹なのだろうか。気になって調べてみました。 キンスカの木 キンスカの木は、ハナモツヤクノキ(Butea monosperma)の木がモデルとな...
広告
タイトルとURLをコピーしました