法の種

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仏教は厭世的な考えではない

教科書で読んで学ぶだけなのか、実際に現場に出て学ぶのか。この学びの違いはとても大きなものです。きっとお経というもの同じように、現場に出て学ぶと印象が変わるはずだと私は思います。
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お釈迦さんの人間味を感じさせるシーン|禅僧の「中阿含羅摩経」講話メモ①

古いお経を読んでいると、お釈迦さんと弟子達やり取りの中で、人間味あふれる行動をしている姿をよく見かけます。私はお経の中で見えるこういったシーンがとても好きです。私が仏教の事についてあまり知らなかった頃...
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お釈迦さんの出家の動機について/四門出遊の伝説|禅僧の「中阿含柔軟経」講話メモ②

お釈迦さんの若い頃について語られている数少ない経典。ここでいう古い経典とはアーガマとニカーヤです。仏の誕生の話として有名な天上天下唯我独尊の話は後世に作られたお経であり、またお釈迦さんの話ではなく元々、毘婆尸仏びばしぶつが誕生した際に説いた事です。
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「業」と<業>

取り扱い次第では、どんなに良いものでも、人は悪いように使ってしまう。昔も今も考えることは大切です。
禅僧ちしょうの棚

禅僧がおすすめする仏教学の本「仏教と人間 主体的アプローチ」仏教の基礎知識がまとまっています。

仏教を学び始める際に、まず難しく感じてしまうのが、仏教で用いられる言葉、仏教用語です。現代と同じ言葉でも全く意味が異なっているものがたくさんあります。そんな仏教の基礎用語、いや仏教を学ぶために必要な要...
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お釈迦さんの幼い頃について語られている数少ない経典|禅僧の「中阿含柔軟経」講話メモ①

お釈迦さんの若い頃について語られている数少ない経典。ここでいう古い経典とはアーガマとニカーヤです。仏の誕生の話として有名な天上天下唯我独尊の話は後世に作られたお経であり、またお釈迦さんの話ではなく元々、毘婆尸仏びばしぶつが誕生した際に説いた事です。
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「苦」「楽」を考える|四法印について

仏教において「苦」や「楽」について考える機会は多い。仏教学を学ぶと「一切行苦」など四法印を学ぶ際に必ず「苦」について触れることになる。一切行苦とは「全ては苦である」という意味だ。しかし私自身は「全ては苦である」という言葉に納得がいかなかった。なぜなら「楽」はあるからだ。全てが苦であるのなら、楽はないということだろう。しかし、そもそもその考え方が間違っている。苦があるのなら、楽はあるのだ。楽があるのなら、苦があるのだ。苦楽は考える上で分けられないのだ。この記事では「苦」「楽」についての思う所をまとめてみた。
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「いただきます」「ごちそうさま」に込める意味「五観の偈」

「いただきます」「ごちそうさま」そして手を合わせる。食事時の挨拶ですが、皆さんは、どんな意味を込めていますか? 私が、真っ先に思い起こすのは「五観の偈」の一番目の言葉です。
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お経の原文を読んでいて感じる事

動画を作った際の編集後記。取り扱い次第では、どんなに良いものでも、人は悪いように使ってしまう。昔も今も考えることは大切です。
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コーサラ王とお釈迦さん(政治と仏教)

動画+編集後記。各国や王の勢力や財力などの話というと、ジャンルで言えば政治関連の話になるかと思います。私自身も政治関連の情報にまったく触れないかというとそんなことはありません。むしろ、ニュースを観て情報や知識を得たり、関心を持つことは大切なことだと考えています。
禅僧ちしょうの棚

読経・木魚についての雑学|経典を自作して学んだ事

お坊さんが読むお経は、いつも同じ……ではありません。その一言をきっかけに、私は自分で読誦経典を作ることにしました。
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無記について

無記(記していない)お釈迦さんはあえてそのことについて答えない。お経の中にその答えは記されていない。そういうのを仏教学では「無記むき」と言います。この教えは、経典の随所で見られます。今回の話もその無記...
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動画編集後記「動画の編集順について」

「出典:雑阿含経巻第15-389」仏教の基礎の教えの内の一つ「四諦」。この四諦のたとえ話である「良医のたとえ」は知る人ぞ知るお話です。
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私にお葬式・供養の意味を与えてくれたおばあちゃんの話

私が高校生の頃に祖母おばあちゃんは亡くなった。私にとって初めて身近な人を亡くした時だ。それまでの私にはよくわからなかった。お寺で生まれたがよくわからなった。「どうして供養をするの?」「供養って何なの?...
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動画編集後記「言葉の隙間に潜むメッセージ」

仏教エピソードでも、仏教トークでも、動画でも必ずこの話から作っているぐらい、私はこのお経の話が好きです。
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