私にお葬式・供養の意味を与えてくれたおばあちゃんの話

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私が高校生の頃に祖母おばあちゃんは亡くなった。私にとって初めて身近な人を亡くした時だ。

それまでの私にはよくわからなかった。お寺で生まれたがよくわからなった。

「どうして供養をするの?」

「供養って何なの?」

祖母はそんな私に意味を与えてくれた。お葬式・供養のこころを。

人は死ぬという実感

私は野球が好きだった。小学生~中学生、そして高校になっても野球を続けていた。高校の選考理由の一つに野球も入っている。

しかし私は挫折した。どうしてもその野球部を続けたい気持ちにはなれなかった。

好きだったはずの野球がどんどん嫌いになっていく。そのうち食事も喉を通らなくなってしまった。

そんな私の相談に乗ってくれたのが近くに住んでいた祖母だった。私は祖母の家に悩みを相談するためによく通った。

家について玄関をあがり、廊下を歩いて台所がある部屋に行けば、そこには祖母の姿がいつもあった。テーブルの席でよく話を聞いてもらった。

しかしある時、私が台所にいくと祖母の姿はなかった。祖母は自分の部屋にいた。ベッドの上だ。それでも祖母はいつも通り私を迎えてくれた。

この時の私はまだ祖母の容態を知らなかった。気にすることさえなかった。今思えば気づきそうなものだが、当時は全く気が付かなかった。

祖母はガンを患っていた。

結果として野球部をやめた私は違う部活をはじめた。辞めた部活、途中参加した部活、人間関係などを含めた環境も私には初めての経験だった。

でも私には祖母がいた。祖母の存在は大きかった。私は自分の悩みを聞いてもらう。でも私は全然気づかない。自分の事でいっぱいいっぱいで祖母の事を考えはしなかった。

ベッドの上で話すことが増えても、病院で話すことが増えても、私はまさか祖母が亡くなるなんて、これっぽっちも思っていなかった。いつか退院するだろうとさえ思っていた。

ある日、持たされた携帯電話が学校で鳴る。「すぐに病院行くので帰ってきなさい」という旨の電話が親からかかってきた。

病院にいくとそこには呼吸器をつけてベッドの上で寝ている祖母の姿があった。ついこの間までそんなものつけてなかったのに。話すことができていたじゃないか……。

夜、祖母の身体は痙攣をはじめ、私が見たこともないような動きをし始めた。そして息をひきとった。

人は死ぬ。頭では死があることは理解していた。でも本当に死ぬとは思っていなかった。

もう祖母と話すことはできないことをさとった。本当に「死」はあるのだと心の底から死を実感した。

仏教エピソード㉝「四の馬」
四種の馬。「この四頭のうち、どの馬が一番良い馬なのか?」このエピソードを読んで、そう考えなかったでしょうか。しかし、そのような理解は、どうやら勘違いだったようです。何にせよ、仏道ちかきものは、かならず...

祖母のお願い

親しい人が亡くなってはじめて実感した死。大きかった祖母の存在を失った死。

私は自分の事しか考えておらず、祖母の死が迫っていたことにさえ気づかなかった。

あんなに相談に乗ってもらっていたのに、私は何もできなかった。いくら何かしたいと思い願っても、もう祖母はいない。

ただ祖母は遺言を残していた。遺言というよりはちょっとしたお願いだ。それがお葬式で私(孫)にお経を読んでほしいという願いだった。

私はその時初めて自らの意思でころもに袖を通し、自らの意思でお経を読んだ。それまでは正直よくわからなったのだ。でも祖母のお葬式の時は違う。

「祖母がそう願うのだったら私はそうしたい」という意志こころがあった。

しかし大したことはしていない。高校生の私にできることは限られていた。まず枕経でもお経をあげた。遺経というお経だ。

これは僧侶になった後に知ることだが、お釈迦さんが亡くなった時のことが記されているお経だ。

仏教エピソード㉛「最期の言葉」
「白大衆、生死事大、無常迅速、各宜醒覚、慎勿放逸」とお寺の木版に書かれています。これはお釈迦さんの最期の言葉。木版が鳴る音を聞くと、私の頭の中には、お釈迦さんの最期の言葉が思い浮かぶことがあります。

このお経について当時の私は知らない。でもお経を終えて亡くなった祖母と過ごす中で思ったことがあった。

「そうか、いつか自分も死ぬんだな。いつか自分の死ぬ時がくるんだな」と。

「後悔のないように生きなさいよ」ときっと祖母だったら願うだろうと。

特別なことは何もしていない。祖母の遺体と過ごす中で、何もしない時間の中で色んなことを考えた。

祖母はいないのに祖母の願いこころはある。祖母とのつながりはなくなったわけではないのだ。

お葬式でもお経を読んだ。曹洞宗の葬儀は仏弟子にする儀式だ。そしてお釈迦さん(仏)の弟子なる。在家出家の違いはれど、今や私は祖母の兄弟弟子でもあるのだ。

亡くなった後でも関係(つながり)は作れる。そして不思議なことにお釈迦さんが弟子達に送った最期の願い(教え)も、祖母も願いもまた、私は重なっているように思える。

こういう人の願いこころを私は教えてもらった。もちろん祖母に直接説明されたわけではない。でも教えてもらったのだ。

人は「死ぬ」という実感。これも祖母に教えてもらった一つだ。

だから「生きる」ことを大切にしたい。これも教えてもらったことだ。

これが私のお葬式・供養のこころの原典だ。

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