法の種

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法の種

あらゆるものはそれを教えてくれる先生である。|仏教用語諸法実相

仏教を勉強している中で、なーんとなくですが、気になる言葉というものがでてきます。 「諸法実相」という仏教の言葉、これも私にとって、初見からなんとなく気になる言葉の一つでした。 あらゆるものが先生 私は...
法の種

お釈迦さんの出家後の足跡|禅僧の「中阿含羅摩経」講話メモ③

私達人間には、避けられない苦しみがあります。例えば、老い、病気、死。生きていく中でも、大切な人との別れや偶然の事故など、避けられない苦しみがあります。 お釈迦さんは、その避けられない苦しみに気づいた時...
法の種

苦しみの解決の求め方|禅僧の「中阿含羅摩経」講話メモ②

お釈迦さんの出家の動機については以前以下の記事にも書きました。 「老・病・死などの避けられない苦しみがあることに気づいた」ことが、お釈迦さんにとって出家する大きな動機となりました。 これら避けられない...
法の種

お釈迦さんの人間味を感じさせるシーン|禅僧の「中阿含羅摩経」講話メモ①

古いお経を読んでいると、お釈迦さんと弟子達やり取りの中で、人間味あふれる行動をしている姿をよく見かけます。私はお経の中で見えるこういったシーンがとても好きです。 私が仏教の事についてあまり知らなかった...
雑記

お釈迦さんの出家の動機について/四門出遊の伝説|禅僧の「中阿含柔軟経」講話メモ②

お釈迦さんの若い頃について語られている数少ない経典。ここでいう古い経典とはアーガマとニカーヤです。仏の誕生の話として有名な天上天下唯我独尊の話は後世に作られたお経であり、またお釈迦さんの話ではなく元々、毘婆尸仏びばしぶつが誕生した際に説いた事です。
雑記

お釈迦さんの幼い頃について語られている数少ない経典|禅僧の「中阿含柔軟経」講話メモ①

お釈迦さんの若い頃について語られている数少ない経典。ここでいう古い経典とはアーガマとニカーヤです。仏の誕生の話として有名な天上天下唯我独尊の話は後世に作られたお経であり、またお釈迦さんの話ではなく元々、毘婆尸仏びばしぶつが誕生した際に説いた事です。
法の種

お釈迦さんの弟子達や周囲の人々(仏教トーク(経典内)の登場人物)

仏教トーク内で出てくる登場人物は実際に経典にいる人物です。(弟子1・2・A・Bは例外で、経典内の比丘・比丘尼の言葉を話す場合や補足説明、著者の代弁など様々な役割を担っています) ここでは、仏教トークの...
法の種

「苦」「楽」を考える|四法印について

仏教において「苦」や「楽」について考える機会は多い。仏教学を学ぶと「一切行苦」など四法印を学ぶ際に必ず「苦」について触れることになる。一切行苦とは「全ては苦である」という意味だ。 しかし私自身は「全ては苦である」という言葉に納得がいかなかった。なぜなら「楽」はあるからだ。全てが苦であるのなら、楽はないということだろう。しかし、そもそもその考え方が間違っている。苦があるのなら、楽はあるのだ。楽があるのなら、苦があるのだ。苦楽は考える上で分けられないのだ。この記事では「苦」「楽」についての思う所をまとめてみた。
仏教学

「いただきます」「ごちそうさま」に込める意味「五観の偈」

「いただきます」「ごちそうさま」そして手を合わせる。食事時の挨拶ですが、皆さんは、どんな意味を込めていますか? 私が、真っ先に思い起こすのは「五観の偈」の一番目の言葉です。
禅僧ちしょうの棚

読経・木魚についての雑学|経典を自作して学んだ事

お坊さんが読むお経は、いつも同じ……ではありません。その一言をきっかけに、私は自分で読誦経典を作ることにしました。
雑記

私にお葬式・供養の意味を与えてくれたおばあちゃんの話

私が高校生の頃に祖母おばあちゃんは亡くなった。私にとって初めて身近な人を亡くした時だ。 それまでの私にはよくわからなかった。お寺で生まれたがよくわからなった。 「どうして供養をするの?」 「供養って何...
雑記

数珠が切れたら、どうなる?

Q:数珠がきれたら、どうなるか? A:当然、一つ一つの珠たまがバラバラになる。 Q:切れたら縁起が悪いって聞きますけど? A:その縁起という言葉は、仏教でいう「縁起」の意味と全然違うものになっている。...
雑記

夏の訪れ

今年も暑くなってきた。日差しも強い。 梅雨入り宣言から、だいぶ日にちも経ち、ようやく今シーズンの花粉症とも、おさらばだ。 庭の雑草も、つい最近まであんなに小さかったのに、ちょっと見ないうちに、かなり背...
雑記

アナログとデジタル

この間、ふと気になって、デジタルとアナログの違いについて調べてみると、その意味が自分の認識とずいぶん違っていました。その時に思いついたことを書きました。
仏教学

煩悩とは何ですか?

煩悩という言葉は、仏教用語の中では、世間一般に広く認知されている言葉ですが、仏教の経典には、煩悩を表す言葉のレパートリーが数多くあります。この記事では、境界線が曖昧ながらも、様々な角度から表現されている煩悩というものに注目しました。
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