▽原作「仏教トーク」
編集後記
お経は2,500年前の記録でもあります。動画であげたように、どこにでもあるような言い争いも、当時の人達はしていたのですね。
今の私達とあまり変わらない。そう思うと、とても親近感が湧いてきます。それと同時に、今の私達も昔のこれらの様子から学ぶべきことがたくさんあることに気づかされます。
今回は私が思ったのは、同じ仏教の話(知識)について話していても取り扱い次第では争いの種になってしまうということでしょうか。
どうしたら争いの種としないのか、そのことについて思慮することもまた、当時から行われていたことだと思います。
おもしろいですよね。お釈迦さんの教えでさえ「私の方が知っている」「私の方がもっと知っている」とどちら知識が上か下かと、優劣の問題になっているのです。
自分が直接指導をしている弟子達が、自分が一生懸命伝えようとしている教えの良し悪しで言い争いになっている。それをみたお釈迦さんは一体どう感じていたのでしょうか。
そしてそれは他人事ではなくて、誰しもがついついそっち側の思考を引っ張られていってしまうことがあります。それを示すように、経典内にはこの話と似たような話がたくさんあります。
原文を読んでいると、「時有衆多比丘。集於食堂。作如是論(修行僧が食堂に集まってこのような話をしていた」というように、端的にしか書かれていません。
以下のように原文を並べて読んでみても、正直また同じような話が載っていると思い、私も当初は簡単に読み飛ばしていました。
雑阿含経巻第16-408
(四〇八)如是我聞。一時佛住王舍城迦蘭陀竹園。時有衆多比丘。集於食堂。作如是論。或謂世間有常。或謂世間無常。世間有常無常。世間非有常非無常。世間有邊。世間無邊。世間有邊無邊。世間非有邊非無邊。是命是身。命異身異。如來死後有。如來死後無。如來死後有無。如來死後非有非無。爾時世尊。一處坐禪。以天耳聞諸比丘集於食堂論議之聲。聞已往詣食堂。於大衆前。敷座而坐。告諸比丘。汝等比丘。衆多聚集。何所言説。時諸比丘白佛言。世尊。我等衆多比丘。集此食堂。作如是論。或説有常。或説無常。如上廣説。佛告比丘。汝等莫作如是論議。所以者何。如此論者。非義饒益。非法饒益。非梵行饒益。非智非正覺。非正向涅槃。汝等比丘。應如是論議。此苦聖諦。此苦集聖諦。此苦滅聖諦。此苦滅道跡聖諦。所以者何。如是論議。是義饒益。法饒益。梵行饒益。正智正覺。正向涅槃。是故比丘。於四聖諦。未無間等。當勤方便起増上欲。學無間等。佛説此經已。諸比丘聞佛所説。歡喜奉行
(大正No.99, 2巻109頁a段27行-b段18行)
雑阿含経巻第16-413
(四一三)如是我聞。一時佛住王舍城迦蘭陀竹園。時有衆多比丘。集於食堂。作如是論。波斯匿王。頻婆娑羅王。何者大力。何者大富。爾時世尊。於禪定中。以天耳聞諸比丘論説之聲。即從座起往詣食堂。敷坐具於衆前坐。問諸比丘。汝等何所論説。時諸比丘。即以上事。具白世尊。佛告比丘。汝等用説諸王大力大富爲。汝等比丘。莫作是論。所以者何。此非義饒益。非法饒益。非梵行饒益。非智非正覺。不向涅槃。汝等當説。此苦聖諦。苦集聖諦。苦滅聖諦。苦滅道跡聖諦。所以者何。此四聖諦。是義饒益。法饒益。梵行饒益。正智正覺。正向涅槃。是故比丘。於四聖諦。未無間等者。當勤方便起増上欲。學無間等。佛説此經已。諸比丘聞佛所説。歡喜奉行
(大正No.99, 2巻110頁a段3行-18行)
雑阿含経巻第16-412
(四一二)如是我聞。一時佛住王舍城迦蘭陀竹園。時有衆多比丘。集於食堂。作如是説。我知法律。汝等不知我所説成就。我等所説與理合。汝等所説不成就。不與理合。應前説者。則在後説。應後説者。則在前説。而共諍論言。我論是汝等不如。能答者當答。爾時世尊。於禪定中。以天耳聞諸比丘諍論之聲。如是廣説。乃至於四聖諦。無間等者。當勤起方便起増上欲。學無間等。佛説是經已。諸比丘聞佛所説。歡喜奉行
(大正No.99, 2巻109頁c段22行 – 110頁a段2行)
しかし、ちょっとした文字の違いですが、皆それぞれ論じている事は違います。
今の私達の有り様と照らし合わせながら想像して読んでいると、それぞれ違う風景や情景が思い浮かびました。
「その話なら聞いたことあるわ」と私も思う事がありますが、その時その時の話に耳を傾けるときっと違う角度からの風景が見えてくる。そんな考えにも繋がっていくからこそ、当時の弟子達も、お釈迦さんとの記録をこうして残してきたのかもしれません。
▽音源素材
VOICEVOX:波音リツ
VOICEVOX:玄野武宏
VOICEVOX:白上虎太郎
VOICEVOX:WhiteCUL
VOICEVOX:雀松朱司
VOICEVOX:麒ヶ島宗麟
効果音ラボ
▽動画編集ソフト
▽引用(経典)
SAT大正新脩大藏經テキストデータベース
▽荒村寺(曹洞宗)
▽クリエーターページ(note)
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