法の種

動画編集後記「言葉の隙間に潜むメッセージ」

仏教エピソードでも、仏教トークでも、動画でも必ずこの話から作っているぐらい、私はこのお経の話が好きです。
仏教トーク

葉っぱから学ぶ仏法の伝え方:言葉で伝わることと伝わらないこと

お釈迦さんが手にした一枚の葉を通して、言葉で伝えられる仏法と、まだ伝えきれない仏法の違いを弟子と語り合う。点と点をつなぎ、学びを深める視点を紹介。
仏教トーク

第二の矢のたとえ|仏弟子と凡夫の違いを会話で学ぶ

花を見て「欲しい」と思う。その次に何が起きているのか。雑阿含経が説く「第二の矢」のたとえを通して、凡夫と仏弟子の心の働きの違いを、会話形式でたどります。
仏教トーク

風の感覚でたどる、仏教の四諦の教え

風が吹けば、ある人には心地よく、ある人には不快です。この「受」の風から、苦諦・集諦・滅諦・道諦をたどります。雑阿含経をもとに、自然のたとえで四諦の教えを考えます。
法の種

数珠が切れたら縁起が悪い?——禅僧が珠と糸から問い直すこと

数珠が切れると縁起が悪い——その「縁起」は仏教の縁起とは別物だ。珠をつなぐ糸とは何か。知識と智慧の違いを、禅僧が数珠を手がかりに静かに問います。
仏教トーク

すべては燃えている|煩悩の火をお釈迦さんの対話から考える

弟子たちの言い争いを通して、お釈迦さんが説く「一切は燃えている」の意味に触れます。眼・耳・心、日常に潜む煩悩の火に気づきながら、そのやり取りをたどります。
Buddhist talk

Exhausting Kleshas: Lessons on Practice and Awakening from a Hatching Chick

This article explores how Kleshas (煩悩) are exhausted through practice, using the metaphors of a hatching chick and a master lumberjack, based on Saṃyukta Āgama Sutra 10-263.
仏教トーク

前世の『業』の話はやめなさい|仏教でいう<業>とは習慣の力

前世の話や宿業に心が向いていませんか?仏教で説く<業>は、前世や宿命の話ではなく、私たちの行為や日常の習慣そのものを意味します。雑阿含経をもとに「世間の業」と「仏教の<業>」の違いを整理し、習慣としての行為がどのように私たちに影響するかを解説します。
法の種

夏の訪れ

今年も暑くなってきた。日差しも強い。梅雨入り宣言から、だいぶ日にちも経ち、ようやく今シーズンの花粉症とも、おさらばだ。庭の雑草も、つい最近まであんなに小さかったのに、ちょっと見ないうちに、かなり背が伸...
仏教トーク

無益な争論4|弟子たちの食べ物談義~豪華か質素か、その結末は?

弟子たちの「今日の食事」の話が白熱するも、お釈迦さまはその議論が仏法の理解に何の利益ももたらさないことを諭します。
仏教トーク

無益な争論3|知識の多さを競い合う弟子たち

「四諦」の話から始まった弟子たちの会話は、いつしか知識の多さを競う言い争いへと変わっていきます。その様子を見たお釈迦さんは、仏法を理解する上で利益のない議論だとたしなめます。雑阿含経に残る一場面をもとにした仏教トークです。
仏教トーク

無益な争論2|王の強さをめぐる弟子たちの議論から学ぶ、お釈迦さんの教え

コーサラ国とマガダ国の王、どちらが強いのか――弟子たちの議論に対し、お釈迦さんは無益な争論の意味を問いかけます。議論の行き違いから学べる仏教の気づきを紹介。
仏教トーク

無益な争論|世界は無限か有限か、命や魂はあるのか

弟子たちが「世界は無限か有限か」「命や魂はあるのか」と議論します。お釈迦さんはその議論をどう見たのか。無益な争論のやり取りから学びを考える記事です。
仏教トーク

四諦って何? お医者さんのたとえで学ぶ苦しみと解決の道

お釈迦さまが説いた「四諦」の教えを、日常でもわかりやすいお医者さんのたとえで解説。苦しみの真実とその解決の道を、対話形式でじっくり学べます。
仏教トーク

当たり前の中にある有難さに気づくには?――『取』に執らわれない心のヒント

「手に入れること」に心を奪われていませんか?お釈迦さんの教えと弟子との対話を通じて、当たり前の中にある有難さに気づく、偏らない心のヒントを紹介します。
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