法の種

「いただきます」「ごちそうさま」に込める意味「五観の偈」

「いただきます」に込められた意味を考えたことはありますか?道元禅師の「五観の偈」には、食事への感謝だけでなく、食べることと生きることがつながる理由が説かれています。禅僧がその意味をたどります。
法の種

お経の原文を読んでいて感じる事

動画を作った際の編集後記。取り扱い次第では、どんなに良いものでも、人は悪いように使ってしまう。昔も今も考えることは大切です。
仏教トーク

困ったお爺さんの話|カッチャーナ(迦旃延)の対応

「年長者には敬意を払うべきだ」と主張する老修行者に、カッチャーナはどう応じたのか。雑阿含経(巻第20-547)をもとにした仏教トーク。老師の条件、欲の根本、そして〈時〉について。
法の種

コーサラ王とお釈迦さん(政治と仏教)

動画+編集後記。各国や王の勢力や財力などの話というと、ジャンルで言えば政治関連の話になるかと思います。私自身も政治関連の情報にまったく触れないかというとそんなことはありません。むしろ、ニュースを観て情報や知識を得たり、関心を持つことは大切なことだと考えています。
仏教トーク

指摘する側・される側の心得|サーリプッタとお釈迦さんの会話

人の過ちを指摘するとき、また指摘されるとき——何が自分の支えになるのか。サーリプッタとお釈迦さんの問答(雑阿含経)から、指摘する側と受ける側、それぞれの心のあり方を一緒に考えます。
禅僧ちしょうの棚

読経・木魚についての雑学|経典を自作して学んだ事

読経はなぜ声を合わせて読むのか。木魚はなぜ魚の形なのか。お経の暗唱から始まった読経の歴史と、経典を自作したことで見えてきたお経の伝播の奥深さをたどります。
法の種

無記とは何か——お釈迦さんが「答えなかった」理由を考える

知識は使い方次第で争いの種になる——お釈迦さんが無記を選んだ背景には、そんな洞察があったのではないか。仏教トークのあとがきとして書いた、無記をめぐる考察です。
法の種

動画編集後記「動画の編集順について」

「出典:雑阿含経巻第15-389」仏教の基礎の教えの内の一つ「四諦」。この四諦のたとえ話である「良医のたとえ」は知る人ぞ知るお話です。
仏教トーク

兵士と信者の言い争い|受は二つか、三つか、それとも——

「受(じゅ)は三つ」「いや二つだ」と言い争う兵士と信者が、お釈迦さんに直訴します。お釈迦さんの答えは一つでも、無量でも——。雑阿含経第485経をもとにした会話形式の仏教解説です。
法の種

私にお葬式・供養の意味を与えてくれたおばあちゃんの話

私が高校生の頃に祖母おばあちゃんは亡くなった。私にとって初めて身近な人を亡くした時だ。それまでの私にはよくわからなかった。お寺で生まれたがよくわからなった。「どうして供養をするの?」「供養って何なの?...
法の種

動画編集後記「言葉の隙間に潜むメッセージ」

仏教エピソードでも、仏教トークでも、動画でも必ずこの話から作っているぐらい、私はこのお経の話が好きです。
仏教トーク

葉っぱから学ぶ仏法の伝え方:言葉で伝わることと伝わらないこと

お釈迦さんが手にした一枚の葉を通して、言葉で伝えられる仏法と、まだ伝えきれない仏法の違いを弟子と語り合う。点と点をつなぎ、学びを深める視点を紹介。
仏教トーク

第二の矢のたとえ|仏弟子と凡夫の違いを会話で学ぶ

花を見て「欲しい」と思う。その次に何が起きているのか。雑阿含経が説く「第二の矢」のたとえを通して、凡夫と仏弟子の心の働きの違いを、会話形式でたどります。
仏教トーク

風の感覚でたどる、仏教の四諦の教え

風が吹けば、ある人には心地よく、ある人には不快です。この「受」の風から、苦諦・集諦・滅諦・道諦をたどります。雑阿含経をもとに、自然のたとえで四諦の教えを考えます。
法の種

数珠が切れたら縁起が悪い?——禅僧が珠と糸から問い直すこと

数珠が切れると縁起が悪い——その「縁起」は仏教の縁起とは別物だ。珠をつなぐ糸とは何か。知識と智慧の違いを、禅僧が数珠を手がかりに静かに問います。
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