仏教用語

法の種

仏教でよく使われる「法」の意味を考える

仏法、説法、諸法——「法」は仏教で最もよく使われる言葉の一つです。法律の「法」とは全く違うその意味を、教え・法則・事物・realityという切り口から禅僧がたどります。
禅僧ちしょうの棚

月を指す指——お経や仏教書を読む時に注意していること

「月をさす指」——指に注目してしまうと、月は見えません。お経や仏教書を読む時、言葉や文字に囚われず、その先を見る。禅僧がお経と向き合う時に大切にしていることをたどります。
法の種

【梵字とは何?】意味や歴史を調べてみました。

お墓の塔婆やお守りで見かける梵字。サンスクリット語を起源とするこの文字の意味・歴史・種類を、曹洞宗荒村寺の禅僧が実例をもとに解説します。
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【禅語】日日是好日——禅僧が考えるその意味

「にちにちこれこうにち」か「こうじつ」か。唐代の禅僧・雲門文偃の言葉「日日是好日」の読み方と意味を、小学生の頃からこの言葉に縁のある禅僧が、自身の変化とともにたどります。
法の種

【対機説法とは何ですか?】相手に合わせて説き方を変える

お経を読むと、同じお釈迦さんが正反対のことを言っている場面があります。それは矛盾ではなく、相手に応じて説き方を変える「対機説法」の表れです。病に応じて薬を変えるように。
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【如是我聞とは何ですか?】かのようにわたしはきいた

「如是我聞」はなぜお経の冒頭に置かれるのか。お釈迦さんの入滅後、弟子たちが記憶を持ち寄りお経を編集した場でのアーナンダの言葉を起点に、数百年にわたる口伝の連鎖の中でこの一句が定着していきました。禅僧の視点から「我(わたし)」が誰を指すのかも読み解きます。
法の種

修行は特別な事ではない:修行と修業の違い

「修行」と「修業」は違います。修業は卒業できますが、修行に卒業はありません。自己を運転することが修行だとすれば、それは誰もがすでに行っていること——禅僧がそのように考える理由をたどります。
法の種

【南獄磨甎の話について教えてください】瓦を磨いて鏡と作す:まずは磨いてみましょうか

「瓦を磨いても鏡にはならない」——ならば磨くことは無駄なのか。禅の古典的な問答「南獄磨甎」を手がかりに、答えを探すより問いを深めることの意味を、禅僧が参禅者との対話をもとに考えます。
禅僧ちしょうの棚

禅僧がおすすめする仏教の専門辞書「岩波 仏教辞典」

仏教用語を調べるなら、国語辞典やWEBではなく仏教専門の辞書が必要です。日常語として定着しながら本来の意味から離れた言葉も多い。駒澤大学で出会い、今も手放せない一冊を禅僧が紹介します。
法の種

【諦とは】できないことを知るからこそ可能性を見出せる

できないと「あきらめる」ことは、できる可能性を「あきらめる」事に繋がるわけです。
法の種

【庵主さんとの問答】知識は消化することを忘れてはいけない

庵主さんとの問答から学んだこと。禅問答というと少し仰々しいイメージがあるかもしれません。しかし私は、もっと普通の会話から生まれる問いや答えも、問答と言えるのではないかと考えています。
法の種

【仏って何?】知っているようで知らない「仏」の意味

「仏」はもともと「目覚めた人」を意味するブッダという言葉。しかし2500年の歴史の中で、その意味は如来・菩薩・死者まで広がっていきました。言葉が生き物のように変容する過程を禅僧がたどります。
法の種

【結界とは】実は街中結界だらけ!——仏教が語る本来の意味

「結界」と聞くとバリアをイメージしますが、仏教本来の意味は違います。僧侶が秩序を保つために設けた制限区域——実は道路標識と同じ発想です。言葉の意味の変遷を禅僧がたどります。
法の種

【喝】意味がないのに、意味はある

喝。今で言うところの「コラ」である。この言葉は厳密には意味を持たない。しかし、ちゃんと意味がある。「コラ!」と、親が子を想い、叱るその言葉には、愛情の気持ちが込められる。 「ゴルァ!」と、喧嘩の時に相...
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