本記事は「雑阿含経巻第43-1174」の内容を基に作りました。
まずは牛を返してきなさい
おはようございます。お釈迦さん。早速ですが今回も私たちの為に何かご教授ください。
さすれば、私達の修行の道も滞りなく進むことでしょう。
その時、お釈迦さんは流れゆく川の様子を観ていました。すると、そこに大樹から折れ落ちたのでしょうか。川の流れに従って、一本の大きな枝が上流から下流へと流れていくのが見えました。
あの木は、こっちの岸につかず、向こうの岸にもつかず、水底にも沈まず、中洲や岩などの障害物にも引っかからず、渦にも飲まれず、人や動物に捕らわれることなく、また腐らずに、水の流れに従って、いずれあの大海原へと辿り着くでしょうか……?
ええ、きっと辿り着くでしょう。
私達、修行者もあの木と同じようなものなのでしょうね。
なるほど。私達、修行者の道も、あの川の流れのようなものなのですね。
水の流れに抗わず、滞らず、流れに従って進んでいく……。なるほど。ご教授ありがとうございます。
お釈迦さんと弟子達がそんなやり取りを、偶然、近くで聞いていた人物がいました。名をナンダと言います。
彼は、よく牛飼いが使う杖を持ち、ちょうどご主人から任された牛達を放牧している最中でした。
あの~、すみません。
ん? こんにちは。なんか御用でしょうか?
近くを歩いていて、たまたま、耳に入ってきたのですが、先ほどの話、すごく気になりまして……。
「水の流れに抗わず、滞らず、流れに従って進んでいく……」という話のことですか?
はい。そうです。実は最初から聞いていました。
私自身、牛を放牧する生活を堪能していますが、まさにその様も、『こっちの岸につかず、向こうの岸にもつかず、水底にも沈まず、中洲や岩などの障害物にも引っかからず、渦にも飲まれず、人や動物に捕らわれることなく、また腐らずに、水の流れに従うように』だと思うのす。
もしお釈迦さんの弟子になったら、私も今まで以上に、何事にも捕らわれないそんな修行を堪能することができますか?
それはつまり、弟子入り希望ということですか?
その通りです。今すぐにでも、弟子にしてください。
ナンダさん。あなたは、その牛をどうするつもりですか? あなたの主に牛は返してこないのですか?
こいつらはちゃんと自分達だけで家に帰れますよ。別に私が連れて帰る必要はないのです。
そんなことより、弟子に入って仏道を学ぶ許可をくれるのかどうか、私が聞きたいのはそっちです。
ちゃんと牛達が家に帰ることができるといっても、あなたは、今、人からその牛を預かって生活をしているのでしょう?
まぁ、そうですが……。
ならば、まずはちゃんと帰って、その牛の主に報告してきなさい。
今すぐ弟子入りはダメですか?
まずは、牛を返してきなさい。
わかりました。では、一度、帰ります。
お釈迦さん。あのナンダという牛飼いの者は、弟子になりたいと言っていたのでしょう。なぜ家に帰したのですか?
そうですよ。お釈迦さん。水の流れのように、何事にも捕らわれずにと言っていたじゃないですか。
彼は、その言葉に、お釈迦さんの言葉に感銘を受けて、弟子入りを志願したのでしょう?
帰ってから「やっぱり、このまま牛飼いを続けたい」と思うなら、縁がなかったのでしょう。牛を主人に返した後でも、仏道を学びたいと思うなら、またこちらに帰って来るでしょう。
「修行者は水の流れのようなもの」と言っときながら、一方で、ナンダさんに対するお釈迦さんの返答は、なんだか矛盾しませんか?
そうですか?
そうですよ。「水の流れのように捕らわれない」という所と矛盾するのではないですか?
そうですか?
……
……だとすると、私たちの受け取り方に問題があったということですか?
そうかもしれませんね(笑)
お釈迦さん。牛を返してきました! 今一度、お願いします。私の弟子入りを許可してください。よろしくお願いします。
ちゃんと、主人に牛を返してきたのですね。
よろしい。弟子入りを許可します。
ありがとうございます。どうぞよろしくお願いします。
補足
- 出典:雑阿含経巻第43-1174
(一一七四)如是我聞。一時佛住阿毘闍恒水邊。時有比丘來詣佛所。稽首佛足退住一面。白佛言。善哉世尊。爲我説法。我聞法已。獨一靜處專精思惟。不放逸住。所以族姓子剃除鬚髮。正信非家出家學道。於上増修梵行。見法自知作證。我生已盡。梵行已立。所作已作。自知不受後有。爾時世尊觀察水。見恒水中有一大樹。隨流而下。語彼比丘。汝見此恒水中大樹流不。答言。已見世尊。佛告比丘。此大樹不著此岸。不著彼岸。不沈水底。不閡洲渚。不入洄澓。人亦不取。非人不取。又不腐敗。當隨水流。順趣流注。浚*輸大海不。比丘白佛。如是世尊。佛言。比丘亦復如是。亦不著此岸。不著彼岸。不沈水底。不閡洲渚。不入*洄澓。人亦不取。非人不取。又不腐敗。臨趣流注浚*輸涅槃。比丘白佛。云何此岸。云何彼岸。云何沈沒。云何洲渚。云何*洄*澓。云何人取。云何非人取。云何腐敗。善哉世尊。爲我廣説。我聞法已。當獨一靜處。專精思惟不放逸住。乃至自知不受後有佛告比丘。此岸者。謂六入處。彼岸者。謂六外入處。人取者。猶如有一習近俗人。及出家者。若喜若憂若苦若樂。彼彼所作。悉與共同始終相隨。是名人取。非人取者。猶如有人願修梵行。我今持戒苦行修諸梵行。當生在處。在處天上。是非人取。*洄澓者。猶如有一還戒退轉。腐敗者。犯戒行惡不善法腐敗寡聞。猶莠稗吹貝之聲。非沙門爲沙門像。非梵行爲梵行像。如是比丘。是名不著此彼岸乃至浚*輸涅槃。時彼比丘聞佛所説。歡喜隨喜作禮而去時彼比丘獨一靜處。思惟佛所説水流大樹經教。乃至自知不受後有。得阿羅漢。時有牧牛人名難屠。去佛不遠。執杖牧牛。比丘去已。詣世尊所。稽首禮足於一面住。白佛言。世尊。我今堪能不著此岸。不著彼岸。不沈沒。不閡洲渚。非人所取。不非人取。不入*洄澓。亦不腐敗。我得於世尊正法律中。出家修梵行不。佛告牧牛者。汝送牛還主不。牧牛者言。諸牛中悉有犢牛。自能還歸。不須送也。但當聽我出家學道。佛告牧牛者。牛雖能還家。汝今已受食人衣食。要當還報其家主。時牧牛者聞佛教。已。歡喜隨喜作禮而去時尊者舍利弗在此會中。牧牛者去不久。白佛言。世尊。難屠牧牛者求欲出家。世尊何故遣還歸家。佛告舍利弗。難屠牧牛者。若還住家受五欲者。無有是處。牛付主人已輒自當還。於此法律出家學道。淨修梵行。乃至自知不受後有。得阿羅漢。時難屠牧牛者。以牛付主人已。還至佛所。稽首禮足退住一面。白佛言。世尊。牛已付主。聽我於正法律出家學道。佛告難屠牧牛者。汝得於此法律出家受具足。得比丘分。出家已思惟。所以族姓子。剃除鬚髮著袈裟衣。正信非家出家學道。増修梵行。乃至自知不受後有。成阿羅漢
(大正No.99, 2巻314頁c段7行 – 315頁b段6行)
国訳一切経阿含部1巻271頁
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