
はじめに
「仏教トーク」を作っている理由には、私自身の体験が深く関わっています。
学生の頃、私はネット・ゲーム依存に陥った経験がありました。この経験が、後に仏教との出会い、そして「仏教トーク」誕生につながります。
ゲーム依存の経験
学生時代、慣れない一人暮らしや大学生活での孤立感の中、ネットゲームは数少ない居場所でした。
最初は楽しく遊んでいたのですが、次第にゲームに費やす時間が増え、気がつけばほぼ一日中パソコンの前で過ごす日々になっていました。
生活の乱れ、焦燥感、劣等感、不安、自己嫌悪……、いやそれだけではない。あの頃の自分の事を思い返すと、とても複雑な感情が湧いてきます。身体や心の不調を感じながらも、抜け出せない状態が続きました。
現在では「ゲーム障害」という言葉もあります。WHO(世界保健機関)は2019年に新たな疾病として認定し、以下の条件を示しています:
- ゲームの時間や環境をコントロールできない
- 他の生活上の関心事よりゲームを優先する
- 健康や日常生活に問題が生じているのに続ける
さらに学業や仕事、家庭・社会生活に著しい障害が1年以上続く状態
私は医師の診断を受けたわけではありませんが、当時の自分の状況は、まさにこれに当てはまるように感じられました。
図書館での出会い
苦しい状況から脱却しようともがいている中で出会ったのが、古いお経について書かれた仏教書でした。
著者は増谷文雄さん。どのようにしてその本を手に取ったのかは覚えていませんが、書かれている内容に不思議と惹かれ、最後まで読み通しました。
そこから他の著作も手に取り、原始仏教のお釈迦さんや弟子たちの話を知ることになります。その時、いくつもの話が心に響き、少しずつですが、自分の中で感じていた苦しみに向き合う助けとなっていきました。
「仏教って、こんなにおもしろいものなんだ」
「お経って、こんなに興味深いものなんだ」
それまで抱いていた仏教やお経のイメージは、大きく変わりました。
仏教トーク誕生
「仏教トーク」は、学生時代に仏教と出会した瞬間から生まれたわけではありません。
実際には、長い年月をかけて学び、経験を積み重ねる中で、ようやく形になったものです。
学生時代、ネットゲーム依存から抜け出す過程で仏教に触れ、少しずつ興味を持つようになりました。
その後、大学で仏教学・宗教学を学び、三大宗教や仏教の歴史を学ぶとともに、英国留学やヨーロッパ、トルコ、北アフリカの旅を通して、様々な価値観に触れました。
僧堂での安居(修行道場)や曹洞宗総合研究センターでの学び、アメリカやブラジルでの海外禅体験も経て、仏教の伝え方や禅の実践について理解を深めました。
そして現在、日々経典の意訳・編集・掲載をコツコツと積み重ねる中で、「仏教トーク」の形式が少しずつ完成してきました。
「仏教エピソード」から原典へ
最初は、増谷文雄さんをはじめとするさまざまな仏教書を参考にしながら、「仏教エピソード」を書きました。
しかし、参考書だけでは取り上げられるお経が限られていたため、次第に原典のお経を直接読み、意訳してまとめるようになったのです。
意訳を進めるうちに、自分の頭の中で会話が膨らみ、こう考えるようになりました:
「もし自分が経典の会話に交ざるなら、どんなやり取りになるだろうか?」
そこから、経典の文脈から感じること、補足したい背景、自分の言葉で書きたい内容が増え、試しに書いてみた結果、生まれたのが「仏教トーク」です。
会話形式と弟子たち
- 弟子1:直感的な私
- 弟子2:理屈っぽい私
二人の分身のような構成で、会話形式を展開しています。
セリフだけで構成するLINE風の会話形式は、禅問答のスタイルから着想を得ました。
ただの翻訳ではなく、禅僧として私が原始仏教の経典を読む中で感じることを、読者の皆様と共有できる形になっています。
まとめ
こうして形になった「仏教トーク」は、ただの翻訳ではありません。
原始仏教の経典を読み、自分が感じたことや補足したい背景を会話形式で表現することで、読者の皆様が経典の世界に触れながら、自分自身の考えや生き方を自然に振り返るきっかけになればと思っています。


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