仏教トーク関連

法の種

デーヴァダッタは本当に悪弟子だったのか──経典から読む、もう一つの人物像

お釈迦さんの殺害を企てた悪弟子として知られるデーヴァダッタ。しかし経典の細部に目を向けると、単なる悪人とは言い切れない人物像が浮かび上がってきます。五つの提言が示すのは、行き過ぎた理想主義者としてのデーヴァダッタの姿です。
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異比丘・異比丘尼について

「出典:雑阿含経巻第21-561」今回はお釈迦さんはお休みです。アーナンダさんの説法になります。私達は欲に振り回されることがあります。この欲を断ずるにはどうすればいいのでしょうか。
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瓶沙王と優陀夷について

本記事は、下記の仏教トークの動画編集後記として書きました。登場人物「兵士と信者」に関して仏教トークの中で登場する人物の中に兵士と女性信者がいます。「原文をみてもそれにあてはまるような登場人物がいない!...
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ブラジル寺院での出来事

「出典:雑阿含経巻第43-1174」阿含経にあるお釈迦さんと在家者さんのやり取り。
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無明と愚癡について

無明と愚癡について「無明むみょう」「愚癡ぐち」は仏教の煩悩のうちの一つ。今回の仏教トークを編集する上で無明と愚癡の細かいニュアンスについて気になったので、少し調べてみた。基本的に、この無明と愚癡は、仏...
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仏教と心の分野

※この記事は、上記の仏教トークのあとがきとして書きました。私達の頭、いや心といえばいいのでしょうか。内面で日々色々な事を考えて生きています。一言で考えるといっても、この内面の働きは分けようと思えば、様...
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○○第一という異名について

弟子の○○第一という異名について
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漏尽について

漏尽という仏教用語について
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仏教の基礎「四諦」の教えについて

仏教の基礎の教え「四諦」は、火や風などのたとえから考えるととてもイメージしやすいです。お経の中でも、よくたとえ話がされているので、それら別々のたとえ話あわせて考えると、また理解が膨らみます。
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仏教は厭世的な考えではない

教科書で読んで学ぶだけなのか、実際に現場に出て学ぶのか。この学びの違いはとても大きなものです。きっとお経というもの同じように、現場に出て学ぶと印象が変わるはずだと私は思います。
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「業」と<業>

取り扱い次第では、どんなに良いものでも、人は悪いように使ってしまう。昔も今も考えることは大切です。
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お釈迦さんの幼い頃について語られている数少ない経典|禅僧の「中阿含柔軟経」講話メモ①

お釈迦さんの若い頃について語られている数少ない経典。ここでいう古い経典とはアーガマとニカーヤです。仏の誕生の話として有名な天上天下唯我独尊の話は後世に作られたお経であり、またお釈迦さんの話ではなく元々、毘婆尸仏びばしぶつが誕生した際に説いた事です。
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お経の原文を読んでいて感じる事

動画を作った際の編集後記。取り扱い次第では、どんなに良いものでも、人は悪いように使ってしまう。昔も今も考えることは大切です。
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コーサラ王とお釈迦さん(政治と仏教)

動画+編集後記。各国や王の勢力や財力などの話というと、ジャンルで言えば政治関連の話になるかと思います。私自身も政治関連の情報にまったく触れないかというとそんなことはありません。むしろ、ニュースを観て情報や知識を得たり、関心を持つことは大切なことだと考えています。
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無記とは何か——お釈迦さんが「答えなかった」理由を考える

知識は使い方次第で争いの種になる——お釈迦さんが無記を選んだ背景には、そんな洞察があったのではないか。仏教トークのあとがきとして書いた、無記をめぐる考察です。
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