
本記事は「雑阿含経巻第38-1068」の内容をもとに作りました。
ティッサは、自分がお釈迦さまのいとこであることから、仲間の忠言に耳を貸す必要はないと考えていました。
本記事では、『雑阿含経巻第38-1068』のエピソードをもとに、ティッサがどのようにして忠言を受け入れ、学んでいくのかを物語形式で紹介します。
忠言を受け止めることの大切さや、慢心に気づく意味を、会話を追体験しながら理解できる内容になっています。
ティッサ、仲間の忠言に耳を貸さず

ティッサさん。さすがにその行為は見過ごせません。師匠の教えから逸脱しています。

そうです。しっかりと反省して、改めてください。

うるさいな。私はお釈迦さんのいとこなんだよ。

確かに、父方のいとこである事は承知しております。しかし、今それは、関係のない事です。

私は世にも尊い仏陀である師匠と血縁関係にある。他人である君達が、私に指図していいわけがないでしょう。

そうですか。ティッサさんの考えはよくわかりました。

私に何か不満があるのですか? 君達から小言を言われるのは、私自身、我慢なりません。

不満を言っているのではありません。師匠の教えからあまりにも逸脱している行為に対して「注意してください」と言っているだけです。

師の教えに沿って皆が行っている事を理解してほしいだけなんですよ。

やかましい。師匠からならともかく、あなた達に言われる筋合いはない。
周りの修行僧たちの忠告や助言にまるで耳を貸さないティッサさんに様子は、お釈迦さんの耳にも届きました。
お釈迦さんがティッサを諭す
お釈迦さんはティッサさんを呼び出しました。

ティッサさん、お久しぶりです。

師よ。我がいとこよ。お久しぶりです。

ティッサさん。あなたの話を聞きました。他の僧侶の忠告や助言に耳を貸さないよいですね。

だって私はあなたの弟子であって、他の僧侶の弟子ではありません。しかも、私はあなたのいとこなのですから、他の僧侶より私の方が、あなたに近いでしょう。彼らと私では格が違うのですよ。

ティッサさん。あなたはもっと彼ら僧侶を敬い、慎むべきです。彼らはあなたと同じく私の弟子、僧侶なのです。

師も彼らと同じことを言うのですか?

そうです。あなたは、自分の過去の行動を振りかえり、改めなさい。彼らはあなたを諫め、あなたが道を外れている行動を止めてくれているのです。
もっと彼らの言葉を真摯に受け止めるべきです。

申し訳ございません。しかし、私はあなたのいとこなのです。あなたからの言葉は受け入れますが、他の者の言葉など……。

「あなたは私のいとこです」だからこそ、仲間を敬いなさい。彼らを言葉を受けとめなさい。これが私からの言葉です。

はい……。
ティッサ、忠言を受け止め学ぶ

仲間の忠言を受けて、イラっとすることがあるかもしれません。しかし、その怒りはよくありません。慢心に注意しなさい。
あなたが、その怒りや慢心から離れることができれば、私は嬉しく思います。これが私からあなたに贈る言葉です。

謹んで、そのお言葉、受け止めさせて頂きました。
こうしてティッサは、忠言を受け入れることの大切さを学びました。
補足
原文
- 雑阿含経巻第38-1068
(一〇六八)如是我聞。一時佛在舍衞國祇樹給孤獨園。爾時尊者低沙自念。我是世尊姑子兄弟故。不修恭敬。無所顧録。亦不畏懼。不堪諫止。時有衆多比丘。往詣佛所。稽首佛足。退坐一面。白佛言。世尊。尊者低沙自念。是世尊姑子兄弟故。不修恭敬。無所顧録。亦不畏懼。不堪諫止。爾時世尊告一比丘。汝往詣低沙比丘所語言。低沙。大師語汝。時彼比丘受世尊教。往語低沙比丘言。世尊語汝。低沙比丘即詣佛所。稽首佛足退住一面。佛告低沙。汝實作是念。我是世尊姑子兄弟。不修恭敬。無所顧録。亦不畏懼。不堪忍諫不。低沙白佛。實爾世尊。佛告低沙。汝不應爾。汝應念言。我是世尊姑子兄弟故。應修恭敬畏懼。堪忍諫止。爾時世尊即説偈言 善哉汝低沙 離瞋恚爲善 莫生瞋恚心 瞋恚者非善 若能離瞋慢 修行軟下心 然後於我所 修行於梵行佛説此經已。低沙比丘聞佛所説。歡喜隨喜。作禮而去
(大正No.99, 2巻277頁b段6行-27行)
- 国訳一切経阿含部3巻75頁


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