慈然智彰

法の種

【修道女(シスター)との会話】私達は同じ山を登っている

宗教が違えど、頂上は一つ——イギリス留学中に修道女と交わした会話が、いまも禅僧の心に残り続けるのはなぜか。入口の違いと、登るほどに道が重なっていく話を書きました。
禅僧ちしょうの棚

禅僧がおすすめする仏教の専門辞書「岩波 仏教辞典」

仏教用語を調べるなら、国語辞典やWEBではなく仏教専門の辞書が必要です。日常語として定着しながら本来の意味から離れた言葉も多い。駒澤大学で出会い、今も手放せない一冊を禅僧が紹介します。
法の種

問いを深める。それ即ち、山を登りはじめることである。

深きことは、高きこと。
禅僧ちしょうの棚

仏教の問いを四コマで開く本——禅僧が「ブッタとシッタカブッタ」を勧める理由

四コマ漫画なのに、下手な参考書より仏教の核心をついている。禅僧が東京のイベント会場で偶然手にして以来、繰り返し読み返している一冊。仏教用語なしで「問い直し」を促す本の、何が深いのかを書きました。
法の種

坐禅中になる木版と鐘はどうして鳴らすの?

坐禅中に鳴る鐘は、回数によって意味が異なります。止静鐘・経行鐘・抽解鐘・放禅鐘の四種と木版の役割を、荒村寺の禅教室の実践をもとに解説します。言葉を使わずに伝える、禅の作法の世界をたどります。
法の種

般若心経について——「わからない」と「理解できる」は違う

「度一切苦厄」はなぜ付け加えられたのか——その答えは正直わかりません。しかし、わからないことと理解できないことは違います。翻訳という体験を通じて見えてくる、経典との向き合い方をたどります。
法の種

I know, I see:知ること、見えること

(問)「わかってる?」(答)「知ってる!」「分かってる!」それはわかっているようでわかっていない。見えていない。
法の種

坐禅の姿勢はどうしたらいいでしょうか?

実際の所、坐禅の姿勢に関して語る所は山ほどあるのですが、そもそもの論点はそこではありません。このような質問や感想の場合「(本来ならこういう坐禅の姿勢をしたいのだけれども)どうやったらいいですか?」という事が背後にあるのだと感じることが多いのです。
法の種

坐禅の時、何故靴下を脱ぐのですか?

なぜ坐禅では靴下を脱ぐのか。締め付けによる血行の悪化、足の滑りやすさ、そして服装全般が坐禅に影響する理由を、荒村寺の茶話会での質問をもとに禅僧が答えます。
法の種

どんな水にも月は宿る:仏教を理解する

「私みたいな人間に仏教は無理だ」——そう言い放った人がいました。しかし、月は大海にだけ映るのではありません。水たまりにも、コップの水にも、月は宿ります。禅僧がある出会いから書いたエッセイです。
法の種

坐禅中の呼吸はどうすればいいのですか? 思量箇不思量底ってどういうこと?

坐禅中の呼吸は、特別なことをする必要はありません。ただ自然に。では「考えない所を考えよ」という禅語はどういう意味か。意識と無意識を手がかりに、禅僧が茶話会での問いをたどります。
法の種

坐禅の時、経行は何故するのですか?

坐禅と坐禅の間に歩く「経行」。ただひたすら坐る(只管打坐)は、歩くことや日常の立ち居振る舞いともつながっています。坐るということを深く考えると見えてくるものを禅僧が考えます。
法の種

【諦とは】できないことを知るからこそ可能性を見出せる

できないと「あきらめる」ことは、できる可能性を「あきらめる」事に繋がるわけです。
法の種

坐禅の時の目線は、どこを見ればいいんですか?

坐禅中、目はどこを見ればいいのか。「見ようとしなくていい、ただ見えるだけ」——lookではなくseeという切り口で、禅僧が坐禅の目線と目の開け方について答えます。
法の種

砂場の山作り:己の山

固める。高くする。柔らかくする。低くする。いろんなあり方を知れば、山のつくり方は無限大に拡がる。
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