慈然智彰

法の種

どんな水にも月は宿る:仏教を理解する

「私みたいな人間に仏教は無理だ」——そう言い放った人がいました。しかし、月は大海にだけ映るのではありません。水たまりにも、コップの水にも、月は宿ります。禅僧がある出会いから書いたエッセイです。
法の種

坐禅中の呼吸はどうすればいいのですか? 思量箇不思量底ってどういうこと?

坐禅中の呼吸は、特別なことをする必要はありません。ただ自然に。では「考えない所を考えよ」という禅語はどういう意味か。意識と無意識を手がかりに、禅僧が茶話会での問いをたどります。
法の種

坐禅の時、経行は何故するのですか?

坐禅と坐禅の間に歩く「経行」。ただひたすら坐る(只管打坐)は、歩くことや日常の立ち居振る舞いともつながっています。坐るということを深く考えると見えてくるものを禅僧が考えます。
法の種

【諦とは】できないことを知るからこそ可能性を見出せる

できないと「あきらめる」ことは、できる可能性を「あきらめる」事に繋がるわけです。
法の種

坐禅の時の目線は、どこを見ればいいんですか?

坐禅中、目はどこを見ればいいのか。「見ようとしなくていい、ただ見えるだけ」——lookではなくseeという切り口で、禅僧が坐禅の目線と目の開け方について答えます。
法の種

砂場の山作り:己の山

固める。高くする。柔らかくする。低くする。いろんなあり方を知れば、山のつくり方は無限大に拡がる。
法の種

【庵主さんとの問答】知識は消化することを忘れてはいけない

庵主さんとの問答から学んだこと。禅問答というと少し仰々しいイメージがあるかもしれません。しかし私は、もっと普通の会話から生まれる問いや答えも、問答と言えるのではないかと考えています。
法の種

スフィンクスが見ているものとは?——実際に行ってわかった意外な景色

スフィンクスの視線の先に広がるのは砂漠ではありませんでした。2008年、一人でエジプトを訪れた際に感じた「情報と実体験の違い」をたどります。
法の種

頭で考える事と身体で感じる事と

言葉とイメージ、そして身体。考えると言ってもいろんな考え方がある。
法の種

【合掌とは何?】 合掌が教えてくれる事

合掌はなぜ両手を合わせるのか。形の背景にある歴史と、イギリスでクリスチャンと語り合った中で生まれた「人」という字のイメージ。禅僧が合掌の形と意味をたどります。
法の種

仏典のキンスカの木、日本で見つけた——デイゴと仏教のつながり

仏典に登場するキンスカの木——そのモデルはハナモツヤクノキとされるが、公園で出会ったアメリカデイゴの花がそれを彷彿とさせた。禅僧が写真とともに記した植物観察の記録です。
法の種

【仏って何?】知っているようで知らない「仏」の意味

「仏」はもともと「目覚めた人」を意味するブッダという言葉。しかし2500年の歴史の中で、その意味は如来・菩薩・死者まで広がっていきました。言葉が生き物のように変容する過程を禅僧がたどります。
禅僧ちしょうの棚

「伝える」を考える:あり方とやり方

伝わったことはやり方で、私が本当に伝えたかったことはあり方。自分のあり方について考えると共に、「伝える」について考えていた。
法の種

【作法について】やり方ではなく、あり方を考える

「どうすればいいのか」ではなく、「どうしてあるのか」という視点で思い巡らす。形だけではなく、そこから深く中身まで思いめぐらす。
法の種

言葉の冷凍保存:お経は冷凍食品と一緒

言葉を扱うのは、料理とよく似ている。文章を書く、文字に残すというのは、冷凍保存するようなもの。
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