本記事は「雑阿含経巻第9-254」の内容を基に作りました。
琴のたとえ
・・・・・・
どうしたんですか? ソーナさん
いや、もう私、このままじゃダメなんじゃないかって……
どうしたんですか? 急に
ずっと思ってたんです。私には才能ないんじゃないかって……
才能?
何の話ですか?
私、お釈迦さんの弟子になって、必死に修行を頑張ってきました。
皆さんに置いて行かれないように、頑張って、頑張って……
確かに、ソーナさん頑張り屋さんですよね
でもいくら頑張っても、私、お釈迦さんのようにはなれません。お釈迦さんのいう所がいまいちピンとこない事がありますし、お釈迦さんの弟子に追いつこうと必死で……
大丈夫ですよ、私も分からない事だらけですよ
そうやってどんどん先に行っちゃうんですよ。皆さんは……。
私も自分なりにずっと頑張ってきたつもりです。
でも私、何も得ていない……、何もないんです。
最近、このままでいいのかなって思うと、もう頑張る気力さえ失せ始めてきて……。
いやいや、私に比べたら、ソーナさん頑張っている方———
———もうダメなんです!
だからもう私、弟子やめようかと思うんです。
え?
いやちょっとまって。
落ち着いて!
幸いなことに、私はもともと、生活には困らない、むしろ余裕のある暮らしをしていました。
だから才能のない私は弟子をやめて、僧侶である皆さんに財を施し支える方が、自分にとっても、皆さんにとっても、有益なんじゃないかと思うんです。
いや、それは違う———
———もう、ここが私の限界なんですよ。
だからその———
———いや、いいんです……
↑↑↑
(ー↑↑↑ー)という事がありまして……。
師匠、どうしたらいいでしょうか?
なるほど。わかりました。
ならば、私がソーナさんと話をしましょう。
ソーナさん。お釈迦さんがお呼びです。
ちょうど良かった。私も師匠に、お話ししたいことがありましたので……
ソーナさん。あなたは弟子をやめようかと悩んでいるそうですね?
そうです。その通りです。
師匠はすでに私の気持ちを知っているのですね。
私はあなたの頑張りを知っていますよ。
ここまで、頑張りに頑張ってきましたが、ここが私の限界のようです。きっとそうなんです。
あなたに聞きたいことがあります。あなたの心のままに答えてください。あなたの素直な気持ちが聞きたいのです。
はい
ソーナさん。あなたは弟子になる前に、わりと余裕のある生活をしていたと言っていたようですが……
はい。そうです。
音楽にもある程度、心得があるとのことでしたよね?
確か、琴の経験があったとか?
そうですね。こう言っては何ですが、琴を弾くことに関しては、自信があります。
そういえば、聞いたことあります。ソーナさん、弦楽器の演奏に関しては、かなり上手らしいですね。
弦楽器? 琴ってどんな楽器?
こんなの?
それともこんなの?
インドの琴で調べると、こんな感じの琴が挙げられています。
そのインドの琴は「ヴィーナ」って呼ばれているみたいですね
それでソーナさん。琴について教えてくれませんか?
はい。構いませんが……
やはり琴で良い音色を出すには、調律は欠かせないですよね。
調律?
調整ってことかな。ほら、琴なら弦が張ってあるじゃない。そこを弾いて音を出すから、そこを調整するんでしょう?
まぁ、弦が緩すぎたら音が出ない事ぐらいはわかりますよ
いや、張ればいいってものではないですよ。
まぁ、引っ張りすぎたら、切れちゃいますね
それはさすがにやりすぎですね。
弦は張れば張るほど、音が高くなります。
まぁ、弦の長さや細さでも変わりますけど……
じゃぁ音を低くするには?
弦の緩めますね。
また、弦が長い、あるいは太いと低くなります。
へぇ。楽器ってそのまんま、すぐに弾けるんじゃないんだね
弦が緩すぎたら、そもそも音すら出せないから、やっぱり調整は必要でしょう。
まぁ音を出すだけなら、簡単ですが……
どうしたら良い音が出るのですか?
もちろん、強すぎてもダメですし、弱すぎてもダメです。
琴の具合をよく見て、調えます。琴の状態にもよりますし、そりゃ、演奏する環境によっても条件が変わりますから……
強く張りさえすれば、いい音が出るっていうものではありませんよね?
そうですね。
じゃぁ緩めさえすれば、いい音が出るっていうものでもありませんよね?
もちろんです。
なら正解はなんですか?
ですから、琴の状態にもよりますし、演奏する環境によっても条件が変わりますから……、一概にこれが正解ってものはないです。
これといって正解はないんですね。
いやでも、その時その時でベストだと思える状態はありますよ。
その時その時で正解(ベストな状態)は変わるのですね。
そうですね。それはもう、口だけで言っても仕方ありませんよ。
んー。実際にやってみないとわからないってことですか?
そうですね。経験も必要ですよね。
単に知識として知っているわけじゃなくて、経験によって培っていくものなんですね。
ふむ。ソーナさん。
ちゃんとあなたは心得ているじゃないですか。
?
確かにあなたは頑張り屋さんです。
修行に対する姿勢も誰よりも頑張っていたと思います。
誰よりも頑張っていた……か。
それでも、仏道において何も得ることができない私は、やっぱりダメダメなんでしょうね……
いや、そこでまた、頑張ろうとする……
少し力を抜いてください。
そんなに心配しなくても、師匠もちゃんと心得ているって言ってくれているじゃないですか。
いやでも……
頑張ることは大事なことですよ。
でも今のあなたの頑張りは、まるで張り詰めた、今にも切れてしまいそうな弦のようです。
ならばきっと私は、その限界まで張り詰めた弦を緩めたいのだと思います。弟子をやめて———
———いやだから、そこまで、緩めなくても……
今までやってきた事、すべて投げ出して、何もかも無かったことにして、また一からやり直すつもりですか?
だって私、仏道の……持っていないから……
すべてを投げ出そうとするあなたは、まるで緩めすぎて、もう音も出せなくなってしまいそうな弦のようです。
なら、間をとって、弟子をやめて(還俗)、信者として、金銭面から、お釈迦さんや弟子の皆さんを支える。それでいいですよね。
きっと、ソーナさんのことだから、還俗しても、頑張りすぎちゃうのでは?
私はそれがソーナさんにとってベストとは思えないです。
……
あなたはちゃんと心得ていますよ。
なのに、自分は何も得ていないと決めつけていないですか?
いくらやってもダメ。
自分には才能がない。
今までの全てが無駄だった。
弟子をやめる。
どうしてその答えになっちゃうんですか?
どうして……?
なら正解は何ですか?
「ですから、琴(自身)の状態にもよりますし、演奏する環境によっても条件が変わりますから……、一概にこれが正解ってものはないです」ってあなたも言っていたでししょう?
……。
琴の話と仏道の話も繋がっているのですか……?
知識(答え)を得るだけでなく経験も必要ですって言っていたでしょう?
はい。確かにいいました。
なんだか、よく分からなくなってきてしまいました。
本当に私、こんなんで大丈夫なんでしょうか?
ちゃんと心得ているのでしょうか?
あなたはちゃんと心得ていますよ。
琴の話ができたあなたなら、大丈夫です。
師匠がここまで言ってくれるのですから、大丈夫ですよ。
そうですよ。もし、自分に自信がないのなら、まずはお釈迦さんを、お釈迦さんの言葉を、そして私たちお釈迦さんの弟子達を信じてみてはどうですか?
……そうですね。師匠や皆さんがそこまで言ってくださるのなら、私、もう少しだけ頑張ってみます。
まずは肩の力を抜きましょうね(笑)
あっ、はい(笑)
続く……
補足
- 意訳版
- 出典:雑阿含経巻第9-254
(二五四)如是我聞。一時佛住王舍城迦蘭陀竹園。爾時尊者二十億耳。住耆闍崛山。常精勤修習菩提分法。時尊者二十億耳獨靜禪思。而作是念。於世尊弟子精勤聲聞中。我在其數。然我今日未盡諸漏。我是名族姓子。多饒財寶我今寧可還受五欲。廣行施作福。爾時世尊知二十億耳心之所念。告一比丘。汝等今往二十億耳所。告言世尊呼汝。是一比丘。受佛教已。往詣二十億耳所。語言。世尊呼汝。二十億耳聞彼比丘稱大師命。即詣世尊所。稽首禮足。退住一面。爾時世尊告二十億耳。汝實獨靜禪思作是念。世尊精勤修學聲聞中。我在其數。而今未得漏盡解脱。我是名族姓子。又多錢財。我寧可還俗受五欲樂。廣施作福耶。時二十億耳作是念。世尊已知我心。驚怖毛竪。白佛言。實爾世尊。佛告二十億耳。我今問汝。隨意答我。二十億耳。汝在俗時。善彈琴不。答言如是。世尊復問。於意云何。汝彈琴時。若急其絃。得作微妙和雅音不。答言不也。世尊復問。云何若緩其絃。寧發微妙和雅音不。答言不也。世尊復問。云何善調琴絃。不緩不急。然後發妙和雅音不。答言。如是世尊。佛告二十億耳。精進太急増其掉悔。精進太緩令人懈怠。是故汝當平等修習攝受。莫著莫放逸莫取相。時尊者二十億耳聞佛所説。歡喜隨喜。作禮而去
(大正No.99, 2巻62頁b段22行-c段20行)
国訳一切経阿含部1巻210頁
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