
恐れられた殺人鬼アングリマーラ。
でも、本当に恐れていたのは誰だったのでしょうか。
この物語は、彼が出会い、向き合い、そして自己を見つめる転機の話です。
恐れられた殺人鬼、アングリマーラの噂

ずいぶん歩いてきましたが、私たちは今どこにいるんだろう?

ここは、確か、アングッタラーバと呼ばれる場所だったはず。

本当に大丈夫かな。さっき、村の中を抜けてきた時、いろいろな人に言われたんだけど……。

アングリマーラという賊の事?

そうそう。牛飼いの人、羊飼いの人、染料や薬草の採集する人、農家の人、皆がみんな「アングリマーラに気をつけろ」って言ってたじゃない?

皆恐れているようだったけど。お釈迦さん、本当に大丈夫でしょうか?

必要以上に恐れることはありません。
村人や弟子が語る恐怖

だって何人も殺した殺人鬼ですよ。しかも殺した人間の指を首飾りにしていると言っていましたけど……。

元は、ある司祭の弟子だったとも聞きました。

ああ、元はかなり優秀な人物だったとも聞きましたね。それに容姿も端麗で、アングリマーラが師事していた司祭の妻が恋をするほどだったとも。

夫がいる身でありながら、夫の弟子に恋?
それって不倫じゃないか。

いや、アングリマーラはきっぱりと断ったと聞いたよ。妻のほうがアングリマーラに言い寄って誘惑したみたい。

じゃあ不倫ではないのか。

うん。でも妻がそこでアングリマーラの師匠である夫に、乱暴されたって嘘をついたみたい。

ええ? それってフラれた逆恨みってこと!?

夫も妻の言い分を信じて、激怒したんだって。そしてその腹いせに、弟子であるアングリマーラに間違った教えを吹き込んでいったらしい。

それって教えじゃなくて、嫌がらせじゃないか。それでどうなったの?

アングリマーラも師匠を信頼しきっていたんだろうね。無理難題を言われても師匠の言われた通りに従っていたんだって。

まさか、その無理難題が、人を殺すってことにつながるの?

そう。最後の課題で「おまえの修行を完成させるには、人を殺して、その指で首輪を作れって」って言われたらしい。それが、殺人鬼アングリマーラの誕生だって、私は聞いたよ。

師匠の言う事を信じこんで、結局、人を殺してしまったということなのか……。
そこからだんだん正気を失っていったのかな?

さぁ。どこから正気を失っていったかなんて、話を聞いただけではわからないよ。いずれにせよ、何人も殺した殺人犯ってことは間違いないね。

うーん。話を聞く限り、同情する所もあるけど、やっぱり、何人も殺して、指の首輪まで作っているとなると、怖い……。

同情? 人を殺すことは、どう考えても悪いことじゃないか。許されるべきことじゃないと思う。

ですよね? 師匠?

うわさなど、聞いた話だけでは、何とも言えませんよ。
本当に恐れていたのは誰か

おい、あんた達! この先に行くのはやめておいた方がいい!

何があったのですか?

アングリマーラが出たらしい。あの有名な恐ろしい殺人鬼が。

本当にいたんですか!? どうしましょう? 師匠

必要以上に恐れることはありません。
私たちはこのまま行きましょう。

おい。あんた達。あの恐ろしい殺人鬼を知らんのか?

話には聞いているのですが……

あなたは実際にアングリマーラを見たのですか?

あんな恐ろしい殺人鬼に会うやつなんているわけなかろう!
それこそ、出会った瞬間に殺される。

では、皆、会ったことはないんですね?

少なくとも、村の連中で、やつと交流のあるやつなど、いるわけがない。あんた達も殺されたくなければ、この道を引き返せ。

ありがとうございます。しかし、必要以上に恐れることはありません。私たちはこのまま行くことにします。

俺は止めたからな! 後悔するなよ!?
出会い―動揺する心と向き合う瞬間

君達。止まりなさい。

どなた様でしょうか?

いいから止まりなさい。

その指の首輪……、ひょっとしてアングリマーラですか!?

ああ。君達も、知っているのですか……。そうですよ。色々と噂になっている恐ろしい殺人鬼とは、私の事です。

ひぇえええええええ!

動くな!
大の大人がみっともない。人を目の前にして、慌てふためいて。

どうしましょう!? どうしましょう!?
私は住(とど)まっている、あなたは動いている

いいから、落ち着け。ほら、じっとしろ!

私は、落ち着いていますよ。落ち着きがないのは、あなたのほうではないですか?

んぁ? 何言っているんですか、あなたは?
いいから、動くなって言っているでしょう!?

動いているのは、あなたのほうです。私は、住まっています。

何を言っているか、意味がわかりませんね……。
ほら、いいからじっとしていろ! 殺されたいのか!?

私は、刀や棒などの凶器で人を傷つけるという行為はしません。
あなたは何をそんなに恐れているのですか?

私は恐れてなどいません! この指の首飾りを見なさい。私は師匠に言われた通り、人を殺せるようになったのです。

殺せるようになったからといって、それが一体何だというのですか?

人を殺し、この指の首飾りができた。殺したということは、その人間より優位に立てた証しです。何人も殺して、私はどんな人よりも優れた人として、完成されるのです。

では、なぜあなたはそんなに恐れているのですか?

だから、恐れていないっていっているだろう!?
いいかげんにしろ!

人を、生き物を恐れているじゃないですか。
殺し続けているじゃないですか。
それって本当は恐れている表れではないのですか?

はぁ? 生き物を恐れているだと!?
アングリマーラは、手にもっている刀で、虫を切りました。

ほら、簡単に殺せますよ。

私は、そうやって虫に刃を向けることもしません。
あなたは虫にも恐怖している。
何がそこまであなたを追い込んでいるのですか?

いやいや。違うでしょう。この状況を考えなさいよ。
むしろ、刀を持った私の方があなた達を追い込んでいるのでしょうよ。

どうしてそんなに動揺しているのですか?

ふざけるな! 私のどこが動揺しているというのですか!?

今のあなたは、心穏やかではないでしょう?

心穏やか……?

というか、何故あなたはそんなにも
落ち着いていられるのですか?

私は、住まっている。あなたは動いている。
これが、その答えです。
自己を見つめる瞬間

……。ああ、そういうことですか。
確かに私は動いている。動揺しているかもしれませんね。

何かに突き動かされて、実はつらいのではないですか?

私がつらい、苦しんでいる……?

逼迫して恐怖し、殺すという行為を重ねることが、苦しくないわけがありません。あなたの胸の中で、そういった想いが止まることはなかったのでしょう?

それは……。

そうです。まずは、そうやって自己を見つめなさい。

自己を見つめる?
この人を殺めることを厭わないこの私自身をですか?

もし、本当に満足しているなら、苦しいはずがないですよ。
人を殺して、本当に満足しているのですか?

あなたの元の師匠のいうとおり、人を殺して修行が完成していくのであれば、あなたはもっと人として完成されているはずです。

完成? 満足?
いや、全然足りない。
こんな指だけじゃ、全然足りない……。

あなたはそうやって、長い夜の中で、苦しみに逼迫され続け、落ち着く暇もなかったのではないですか?

殺そうとした人間に、そんなことを言われたのは、初めてです。
あなたは一体、何者ですか?
何故そんなにも落ち着いていられるのですか?

私は、住まっている。あなたは動いている。
まずは、そうやって自己を見つめなさい。

私は、自分を見ることも、自らの行為を振り返ることもありませんでしたから……。

少なくとも、今、そうやって自分を振り返っているのではないですか?

今、自分は、何を考え、何を感じているのですか?

……。

気づいたのであれば、あなたはどうしますか?

気づく? 私自身にってことですか?

自分を苦しめてきた行為、そうした悪しき行いによって、あなたは心穏やかでない。あなたはひどく動いている。
そんな時、あなたは何を見ているのですか?

何を? 殺す相手? 何だった?

自分を見失っていたのではないですか?

だから、道を外れた

私はこの道を外れず、往くのです。

私は、ようやく本当の師に会えたのかもしれません。
私は、道に随い歩きたい。もっとあなたの話を聞きたい。そして悪しき行いを捨てたいです。
武器を捨て、戒を受けたアングリマーラ
アングリマーラは、お釈迦さんの足元に武器を捨てました。

お願いです。私をあなたの弟子にしてください

ならば戒を受けなさい

戒ですか?

仏道を学ぶ者は、師匠から守るべき教えとして戒を授かります。戒は、同時に、その教えを守っていくという決心の表れでもあります。

不殺生戒という戒もありますよ。
アングリマーラさん。殺しはだめです。

多くの人を殺めてきたあなたも、この戒を守らなくてはいけません。

もちろんです。私は殺生することから離れます。
むしろ、この手を血に染めた私でも、弟子入りすることを許してくれるのですか?

戒を受ける事。それは私の弟子になるということですよ。
こうして、アングリマーラさんは、戒を受け、お釈迦さんの弟子になりました。
アングリマーラの詠んだ詩
弟子となったアングリマーラさんは、後に、お釈迦さんとの出会いを思い起こして、こんな詩を作りました。
私の生来の名はアヒンサカ(無害)
その実、多くの人間に害を与えた殺人鬼
でも今は、本来の名の通りに無害なのだ
私は害することから離れた
名実共に今は無害
でも元の私は血塗られた身の故に、指の数珠
世の濁流に流され苦しみ
その故に仏に出会い
戒を受けた
おかげで大切なことに気づいた
仏の教えを知った
仏道を歩み行じた
制する為、支配する為
鞭や鎖、棒や斧
刀や杖を持つ
これが世間の常識
諸々の悪法を離れる為
刀や杖を捨離する
これこそ真の制御、調えること
これが仏の教え
どれだけ道を外れようとも
後に自らを律することはできる
雲が晴れ月が姿を現すように
世界が照らされる
どれだけ道を外れようとも
後に自らを律することができる
世の中の濁流に飲み込まれずに
自分を正しく見つめることで
どれだけ悪いことをしてしまったとしても
やり直せる。衆善奉行によって
世の中の濁流に飲み込まれずに
自分を正しく見つめることもできよう
もし諸悪が莫作ではなく
私がすでに諸々の悪を作しているとするなら
必ず悪に赴き、悪の報いを受け、
過去からの責め苦に飲まれていただろう
もしだれかが私を怨み、憎んだとしても、
この正法を聞いてくれたなら
清浄な法眼を得るだろう
だから私は耐え忍ぶことができる
私は再び争いを起こすことはない
私は仏の恩力によって
怨みに耐え忍ぶことができる
常にこの忍耐の有難みを感じ
いつでも正法を聞き続けるのだ
補足
原文や動画、仏教用語の説明や関連する仏教知識など、補足として参照できます。
原文
- 雑阿含経巻第38-1077
(一〇七七)如是我聞。一時佛在央瞿多羅國人間遊行。經陀婆闍梨迦林中。見有牧牛者。牧羊者。採柴草者。及餘種種作人。見世尊行路。見已皆白佛言。世尊。莫從此道去。前有央瞿利摩羅賊脱恐怖人。佛告諸人。我不畏懼。作此語已從道而去。彼再三告。世尊猶去。遙見央瞿利摩羅手執刀楯走向。世尊以神力現身徐行。令央瞿利摩羅駃走不及。走極疲乏已遙語世尊。住住勿去。世尊竝行而答。我常住耳。汝自不住。爾時央瞿利摩羅即説偈言 沙門尚*駃行 而言我常住 我今疲勌住 説言汝不住 沙門説云何 我住汝不住爾時世尊以偈答言 央瞿利摩羅 我説常住者 於一切衆生 謂息於刀杖 汝恐怖衆生 惡業不休息 我於一切蟲 止息於刀杖 汝於一切蟲 常逼迫恐怖 造作凶惡業 終無休息時 我於一切神 止息於刀杖 汝於一切神 長夜苦逼迫 造作黒惡業 于今不止息 我住於息法 一切不放逸 汝不見四諦 故不息放逸央瞿利摩羅説偈白佛 久乃見牟尼 故隨路而逐 今聞眞妙説 當捨久遠惡 作如是説已 即放捨刀楯 投身世尊足 願聽我出家 佛以慈悲心 大僊多哀愍 告比丘善來 出家受具足爾時央瞿利摩羅出家已。獨一靜處專精思惟。所以族姓子剃除鬚髮。著袈裟衣。正信非家出家學道。増修梵行。現法自知作證。我生已盡。梵行已立。所作已作。自知不受後有。時央瞿利摩羅得阿羅漢。覺解脱喜樂。即説偈言 本受不害名 而中多殺害 今得見諦名 永離於傷殺 身行不殺害 口意倶亦然 當知眞不殺 不迫於衆生 洗手常血色 名央瞿摩羅 浚流之所漂 三歸制令息 歸依三寶已 出家得具足 成就於三明 佛教作已作 調牛以捶杖 伏象以鐵鈎 不以刀捶杖 正度調天人 利刀以水石 直箭以煴火 治材以斧斤 自調以黠慧 人前行放逸 隨後能自斂 是則照世間 如雲解月現 人前放逸行 隨後能自斂 於世恩愛流 正念而超出 少壯年出家 精勤修佛教 是則照世間 如雲解月現 少壯年出家 精勤修佛教 於世恩愛流 正念以超出 若度諸惡業 正善能令滅 是則照世間 如雲解月現 人前造惡業 正善能令滅 於世恩愛流 正念能超出 我已作惡業 必向於惡趣 已受於惡報 宿責食已食 若彼我怨憎 聞此正法者 得清淨法眼 於我修行忍 不復興鬪訟 蒙佛恩力故 我怨行忍辱 亦常讃歎忍 隨時聞正法 聞已隨修行佛説此經已。央瞿利摩羅聞佛所説。歡喜奉行
(大正No.99, 2巻280頁c段18行 – 281頁c段2行)
- 国訳一切経阿含部3巻86頁


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