
「叢林」という言葉を、耳にしたことはありますか。
文字の意味だけを見ると、木が叢がって生えている、林のことです。しかしこの言葉は、歴史の中で少しずつ意味を変えてきました。
お釈迦さんの時代の叢林
お釈迦さんの時代、木が叢がった林は、修行者たちがよく集う場所でした。静かで、人里から離れた林は、修行に適した環境だったのでしょう。
やがて、修行者が集う場所そのものを「叢林」と呼ぶようになっていったと考えられています。岩波仏教辞典にはこうあります。
多くの修行僧が一ヶ所に住することを、木が叢がって林をなすさまにたとえたもの
禅宗における叢林
現代では、叢林は「僧が集まって修行する所」という意味で使われています。特に禅宗では、修行道場(寺院)を指す言葉として扱われることが多いです。
木の林から、修行者の集い、そして修行道場へ。言葉の意味は変わりながらも、「修行者が集う場所」という流れは続いています。
叢林という言葉が残してきたもの
仏教用語の中には、一般の言葉として広く使われるうちに、誤解が生まれ、本来とは全く違う意味で定着してしまったものも少なくありません。
しかし叢林は、一般にはほとんど使われない言葉です。そのぶん、意味の変化もゆっくりとしたものだったのかもしれません。
変化の速さも道筋も、言葉によってずいぶん違います。ただ、どちらであっても、その言葉がどこから来て、どんな人たちとともにあったのかを辿ってみると、表面の意味だけでは見えてこない、言葉の広がりのようなものに触れる気がします。またその言葉を生み、使い続けてきた人たちの想いの一端に、触れるような感覚とでもいうのでしょうか。
言葉の背景にある人の想いや営みに触れること。それは、言葉では伝えきれないものがあるからこそ、言葉を大切にするという禅の見方とも、どこかで響き合う気がします。
言葉はとても重要で、それ故に特定の言葉に捕らわれないという、禅の見方と……。


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