
仏教トークの翻訳中、「鴻鵠」という言葉が、経典に出てきました。
これは「大きな鳥」という意味です。ただ、それだけではありません。
この言葉の背後には、中国の故事があり、科挙の歴史があり、経典を漢訳した無名の知識人の判断があります。 そして私には、子どもの頃から見慣れた、伊丹・昆陽池の白鳥の記憶がありました。
一つの言葉が、どれほど多くの人間と歴史を経て届いているか。
「鴻鵠」は、そのことを考えるよい入口になる言葉です。
鴻鵠とは──大きな鳥、そして偉大な人物
大きな鳥という意味。そこから意味が転じて、立派な器量や性格を備えた人物、偉大な人物という意味で使われます。
鴻=白鳥、というイメージ
鴻鵠の元々の意味は大きな鳥。その意味しかないようです。大きな鳥と言えば、そこから白鳥がイメージされる事が多いようです。
荒村寺のある伊丹市には、鴻池という地名があります。この辺りには昆陽池というため池があって、そこには渡り鳥である白鳥が多く集まります。
この昆陽池は、江戸時代の絵図などでは周囲1里(約4キロ)とされる大池で、8世紀前半に奈良時代に行基という僧侶が築いた人口の池です。
ちなみに調べてみると、鵠も白鳥の別名のようです。
私は子供の頃から昆陽池で白鳥をよく目にしています。その昆陽池は昔、もっと大きなため池でした。そこに白鳥が集う様子が頭に浮かび、その辺りに鴻池(白鳥の池)という地名が残っていることから、私にとっては鴻=白鳥というイメージはピッタリきます。
ちなみに、他には、大きな鳥として、白鷺という意味で用いられることもあるそうですが。
大きな鳥が、なぜ偉大な人物を意味するのか
大きな鳥という意味が、どうして偉大な人物という意味で捉えられるのか?
それは、故事成語によるものです。故事成語とは、中国の古い故事や逸話が元になってできた言葉や表現のことです。これらの言葉は、教訓や教えを含んでおり、短く凝縮された形で伝えられています。
この鴻鵠でいえば、「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」の故事があります。
「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」
意味は、つまらない人物には大人物の遠大な志はわからないということ。
史記という歴史書の話が元になっていますが、ここで鴻鵠は偉大な人物という意味合いで使われている為、「鴻鵠=偉大な人」という認識がされるようになりました。
科挙と故事の知識
中国では、598年~1905年まで、科挙という制度がありました。「試験科目による選挙」を略して科挙というようです。受験するために資格はなく、家柄や身分に関係なく誰でも受けられました。
この科挙の試験内容の中には、歴史を扱う分野もありましたから、こうした故事の教訓も当たり前のように、扱っていたでしょう。
通常では、「鴻鵠(大きな鳥)≠偉大な人物」と意味が結びつきませんが、こうした歴史(故事)を知る知識人達にとっては、「鴻鵠(大きな鳥)=偉大な人物」とすぐ結びつく言葉だったのでしょう。
経典の翻訳者が残したもの
経典をインドの言葉から漢文に翻訳するのも、ある程度の知識がなければ叶いません。
きっと、この経典に出てくる鴻鵠という言葉も、鴻鵠にある背景の意味(偉大な人物)を知りながら、あえて、この翻訳にした可能性は十分にあります。
お釈迦さんはインドの人ですから、もちろん、中国の故事を意識した発言はできません。
これはきっと、漢文に翻訳した人物が、こうした故事を意識した翻訳をしたほうが、お釈迦さんの言葉の意味が伝わりやすいと思ったのでしょう。
おわりに
こうした事例は、経典が長い歴史の中で、如何に多くの人間を介して、現代につながっているか。それを想像する、良いきっかけになるものと考えます。
歴史というものは、どこか自分とは切り離されたものとして感じられることがあります。今ここで起きていることではない、自分には関係がない、と。
しかし「鴻鵠」一つをとっても、中国の故事を知る翻訳者の判断があり、それが経典となり、千年以上を経て今の私たちに届いています。知らないうちに、私たちはその積み重ねの上に立っています。
土台というものは、それが存在することに気づかなければ、壊してしまうことすらできません。壊しているとも知らずに。こうした言葉の歩みたどることは、自分が今どこに立っているかを、静かに確かめることでもあると思います。


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